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「キス問題」スペインサッカー連盟会長を米主要紙も非難。米国の受け止めとキス事情

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
Katerina Holmesによる写真 by pexels.com

キスは挨拶?米国人にとってのキス観

日本生まれ育ちの筆者が、公の場で初めてキスを見たのは、中学生か高校生のころ。今ほど外国人が多くない時代に、地元の街中の広場の中心で西洋人カップルが接吻している姿を見かけ、衝撃を受けたと同時に、その自然で堂々とした姿に憧れのような気持ちを抱いたものだ。

アメリカ映画を観て育ったのも関係してか、渡米するまでアメリカ人の国民性はフレンドリーであるが故に、挨拶として相手構わずキスをするのかと思っていた。

しかし渡米してわかったことは、アメリカにはソーシャルディスタンスという概念があり、人々は他人と一定の距離をきちんと「保つ」ということだった。キスに関してアメリカ人は、日本人やイギリス人と比べるとその機会は確かに多いかもしれない。熱々のカップルであれば、所構わずキスや抱擁をし愛情表現をする。ただの友人・知人で、長年の仲であれば、挨拶として軽くハグしたりエアーキス(キスの真似)をすることはあっても、頬に実際にキスすることはあまりない(「キスを両頬に3回するのはフランス人、キスを数えられないくらいしまくるのはイタリア人=ラテンの文化」というアメリカンジョークがある。またアメリカ国内でもそれぞれの文化や性格などによって多少異なる)。

(例外を除き一般的な見方をすると)アメリカ人でも異性同士で、相手に“好意”があれば、話は別だ。女性であれば、相手の男性から別れ際にどさくさに紛れて頬やおでこ、手の甲などに軽くキスをされるかもしれない。それは「あなたのことを気に入っている」というボディランゲージであり、最初のフックとして相手のリアクションをそのキスで覗っているのだ(手の甲へのキスは敬意の表れも多少含む)。

ここで重要なのは、キスをされた方の「気持ち」である。自分も相手を気に入っている場合においては問題ないだろうが、大抵の場合、された方はその瞬間多少の衝撃を受け、相手によっては時間と共に嫌悪感が湧き上がってくる。実はこのような事例はニューヨーク州前知事の辞任劇を見てもわかるとおり、職場でもたくさん報告されている。相手に誤解を与えるほどのスキンシップをすれば大抵問題となり、責任ある立場を追われることになりかねない。

近年は、世界的なMeToo運動の盛り上がりもあり、アメリカでは過剰なスキンシップはセクハラと捉えられるから、責任ある立場の人はより慎重になる傾向がある。

「非人道的な扱い」と会長の母がハンガーストライキ

スペインサッカー連盟のルイス・ルビアレス会長(中央)と女子サッカー選手。
スペインサッカー連盟のルイス・ルビアレス会長(中央)と女子サッカー選手。写真:ロイター/アフロ

前置きが長くなったが、女子ワールドカップ(W杯)で優勝したスペインチームについてその後、思わぬ余波が広がっている。

同国のサッカー連盟会長、ルイス・ルビアレス氏(46)が、表彰式でジェニファー・エルモソ選手(33)の頭を掴んで引き寄せ、唇にキスをしたとして批判されているのだ。

  • NBCニュースの動画を見る限り、ルビアレス会長とエルモソ選手は壇上で抱き合い、会長が同選手の頭を両手で掴みキスしている。会長はコメントで「このキスはペック(挨拶がわりの軽いキス)であり、理性で制御できず起こってしまった」と主張。また「辞任しない」と主張し、会場から拍手が起こっている。

国際サッカー連盟(FIFA)は、ルビアレス氏を90日間の暫定資格停止処分にしたのに対し、ルビアレス氏の母親がこの処分を不服とし「非人道的な扱いである」とハンガーストライキをしている。筆者にとってこの母子の行動は全くもって意味不明である。スペイン事情がわからないので、機会があればスペイン人に聞いてみたい。

この騒動については、アメリカでも主要紙が取り上げるほどだ。29日付のニューヨークタイムズは、Luis Rubiales and Spain’s Kiss Scandal at the World Cup, Explained(ルビアレス会長とW杯スペイン代表選手のキス・スキャンダルを解説)という見出しで、「望まぬキスは、女子ワールドカップのスペイン勝利に水を差した」と報じた。

同紙によると、このキス騒動とは別に、ルビアレス会長はスペインの女王と16歳の王女から数フィート離れた場所で、勝利のジェスチャーとして自分の股間を掴んでいる姿もカメラに捉えられており、同氏はこれについて後に謝罪した。エルモソ選手へのキスについても当初謝罪していたが、そのキスについて「自発的で相互的で、高揚感に乗り合意の上だった」と主張し、後に謝罪を撤回した。また批判について「偽りのフェミニズム」ではないかと非難している。

一方エルモソ選手は「あのような短期間でキスに同意するはずもない」とし、「公共の場でのルビアレス氏の行為を重く見ないよう圧力をかけられた」「いかなる職場、スポーツの場、環境において、この種の同意のない行為の犠牲になるべきではない」と反論している。

同紙は、スペインのスポーツ界には根強い性差別があると指摘する。同国女子代表チームの前ヘッドコーチ、イグナシオ・ケレダ氏は、性差別の非難を受けて2015年に解任されたという。後を引き継いだホルヘ・ヴィルダ氏も昨年、賃金の不平等や不当な扱いをしたとし、十数人の女子選手が代表チームでプレーすることを拒否したと報じている。また同国の解説者や政府関係者の声として「このキス騒動は、スペインでもっとも男らしさの一つと見なされているサッカーというスポーツにとって、湧き上がった『#MeToo』運動の瞬間だ」としている。

スペインの検察当局は28日、この騒動について性的暴行の可能性があるとして捜査していると発表した。性的暴行罪が認められれば、同国の法律では数年の懲役刑となる可能性もある。

女性アスリートに対する性差別(賃金格差など)、性加害や性暴力は世界中で起こっており、アメリカのスポーツ界でもたびたび問題になっている。近年では女子体操界の金メダリスト、シモーン・バイルス選手らが、米女子体操の元チームドクターによる性的虐待があったと訴え、訴訟問題に発展した。バイルス選手はメンタルヘルスの不調を理由に、最近まで長い休養に入り、心身を整えていた。

(Text by Kasumi Abe)本記事の無断転載やAI学習への利用禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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