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増えるテレワークと厳しい「従業員の監視」... 米国では?

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
(提供:イメージマート)

コロナ禍でさまざまなニューノーマルが生まれた。その1つは新たな働き方、例えば職場におけるリモートワーク(在宅勤務、テレワーク、WFH)の浸透だろう。

筆者が住むアメリカ・ニューヨークでも、昼時のオフィス街に以前のような活気が戻ってきたように見える。しかし、リモートワークがそれほど根付いていなかったコロナ前に「完全に戻った」とは言い切れないかもしれない。

実際に周りの人々に状況を聞いてみると、コロナ禍以降の働き方は実に「多様化」してきた印象を受ける。完全出勤体制(オフィス勤務)に戻った人もいれば、在宅&オフィスのハイブリッド、つまり週の半分をオフィス出勤し、ほかの日はリモートワークの人(出勤は週1の人も中にはいる)、そして完全リモートワークの人もいる。

また、「自宅では集中できない」「経理なので仕事を外に持ち出せない」「取材は市内であるので、オフィスには毎日通っている」と答えた一部の人を除き、筆者の周りの多くは「リモートワークの方が良い」(もしくはハイブリッドでも良いが、リモートワークに比重を置きたい)と考え、それが叶えられている現状に満足している人が多かった。

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ある統計資料によると、労働人口が1億6460万人(2020年2月)を超えるアメリカでは、470万人以上の人が勤務時間の半分をリモートでできる職場環境にあるという。リモートワークのみの従業員を雇用している企業はわずか16%、リモートワークをまったく許可していない企業は44%と半数近くだ。

世界規模で見てみると、完全リモート化の企業は全体の16%と、まだ一部のようだ。またハイブリッドの勤務形態をとっているのは労働者の約62%。

マイクロソフトが今年初めに世界中の3万人以上の従業員を対象に行った調査では、52%の人が完全リモートワークまたはハイブリッドの勤務体制に移行したいと考えていると答えた。今後技術がさらに進歩し、特に若い世代の働き手がリモートワークを求める傾向にあることから、今後もリモートワーク化を進める(許可する)企業は増えていくかもしれない。

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増えている、テレワークの遠隔監視

リモートワーク化が進めば、雇用側として気になるのは「スタッフが自宅(もしくはカフェなど遠隔地)で真面目に仕事をしているか?」ということかもしれない。

24日付のニューヨークタイムズによると、経営者や上司が従業員に対して、テレワーク中に遠隔で監視する企業が増えているという。

記事では、テキサス州のIT企業でバイスプレジデント職に就いたある女性の事例が紹介された。その女性従業員は時給200ドル(約2万7000円)で雇用契約を結び、在宅勤務を開始した。その女性従業員はMBAを取得し、金融業界で長い経歴を持つベテランだ。200ドルの時給はアメリカでも比較的高めだが、この従業員の学歴やキャリアから考えるとアメリカでは特別に破格な時給でもない。

さて、いざ給料日になると、この女性従業員に実際に支払われた金額はその時給より低かったという。なぜか。

テレワーク中、会社はあるソフトウェアを使い、従業員をモニタリング(監視)していたようだ。具体的には、従業員のコンピュータの使用状況やキーボードの操作にどれだけ時間が費やされたかを遠隔でトラッキングし、従業員の勤務状況を把握するため10分ごとに従業員の顔写真とブラウザのスクリーンショットを撮影していた。実際には勤務中、コーヒーを淹れたり宅急便に対応したりするために離席する空白の時間があった。トイレ休憩も含めてそれらのオフラインの時間は「労働」とはカウントされていなかった。従業員が活動していると確認できたオンライン時間だけが時給換算され、給料として支払われたというわけだ。

しかし、この類のソフトウェアは万能ではないと専門家は指摘する。実際には、資料を見ながらコーヒーを淹れることもある。キーボードから手を休めて、外の景色を見ながらプロジェクトについて考えごとをすることもあれば、プリントアウトされた紙の資料を読むこともある。同僚と会話したり部下に口頭で指導したりもする。

ソフトウェアを使った機械的な監視方法ですべての勤務時間を適正に測定することは不可能だと考えられている。何よりも、その女性従業員は具体的な監視方法を知り「ぞっとする」気持ちになったと言う。

またこのような苛立ちや不満は、弁護士や会計士など高学歴の人々の間で高まっていることが特徴だ。「これまで低賃金の労働者が不満に思ってきた類の問題に、今彼らも直面している」と記事は述べている。

監視の効果を認める意見も

反対意見ばかりではない。筆者が話を聞いた中には、この監視制度を100%サポートするわけではないとしながらも、このようなシステムがあるからこそ「仕事に集中できる」「効率的な業務に繋がる」「時間配分をより工夫できる」「生産性が大幅に向上する」という意見もあった。別にサボろうと思っていなくても、時間を確認するためにスマホをチェックしたら、ノーティフィケーションに気づいてSNSを開き、ついつい長時間スマホを触っていた…なんていうことはよくあることだ。監視ソフトについて「集中力を高め、効率的なツールである」「本当に一生懸命働いた日、そのようなツールによる測定は満足感を与えるだろう」と見る専門家はいる。

「監視」は大企業でより浸透

テレワークにおける監視システムの導入でもっとも有名な企業は、アマゾンだ。ニューヨークタイムズによると、同社は依然、在宅勤務の内容をカウント(測量)しているが、15分を超えるアイドルタイム(動作がない時間)を精査し、上司との会話は本当に必要か、トイレにそれだけの時間を費やす必要が本当にあるのかといったようなことをより精査していきたい考えのようだ。

またJPモルガンも、コンプライアンス上の理由から、電話やメールの内容を通し、従業員が日々どのように働いているかを追跡、記録している。同社は「これらが仕事の効率化も担っている」と考えているそうだ。

監視システム(遠隔監視、電子監視)は大企業ほど行われる傾向があり、ニューヨークタイムズは「500人以上の従業員を抱える企業であれば『監視』が行われていると想定できる」と述べている。

またニューヨークポストによれば、これらの監視には主に4つの方法があるという。

  1. タトルウェア(Tattleware)という監視ソフトェア
  2. 電話の盗聴とトラッキング
  3. ハイパーロケーション監視
  4. 感情分析ソフトウェア

(1)従業員のキー入力やマウスの動きを記録したり、コンピュータのライブストリームを介したりして監視する。

(ただし、キーボードに取り付けるマウスジグラーを使えば、実際に作業をしていないときでも作業をしているように取り繕うことができる弱点がある)

(2)金融系企業には、1日中電話に耳を傾けるコンプライアンス担当者がおり、担当上司はインサイダー取引から汚い言葉使いまであらゆることをチェックしていると専門家の弁。

(3)Bluetooth(ブルートゥース)を使い、携帯電話や社員証に取り付けることで、雇用主は従業員の居場所、その従業員の周りに誰がいるか、誰が誰と繋がっているかなどを把握することができる。

(4)表情から人の感情を読み取ることができる新技術。例えば会社がZoomを介して従業員に週5日のオフィス勤務が再開する旨を伝えた場合、バイオメトリクス技術により不満げな人の表情をソフトウェアが解析。

テレワークをする従業員の労働を可視化できる、さまざまなソフトウェアが存在する。

ニューヨークポストによれば、「職場監視ソフトウェアの売り上げは新型コロナのパンデミックが発生した2020年3月以降、数週間で3倍以上になり、売り上げは今も伸びている。スパイのような監視行為はあなたが思っているよりはるかに日常的なものとして浸透している」。

リモートワークを好む従業員が増えていることを受け、監視を「交換条件」として使う企業もある。例えば「リモートワークが希望ですか?良いですよ。その代わり当社が使っている監視システムの使用に同意してください」という具合だ。

とは言え、中には監視システムをまったく使っていない企業もある。筆者が話を聞いたIT企業やメディア企業の代表者は、口をそろえて「スタッフがタスクをきちんとやっているかがもっとも大切なことであり、勤務時間内にパソコンの前にいるかどうかはそれほど関係ない」と答えた。

あなたは、監視される側(従業員)の立場として、または監視する側(経営者、上司)の立場として、今後ますます増えていくかもしれない遠隔からの監視体制について、どう受け止めただろうか?

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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