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殺害に4億円相当の懸賞金。『悪魔の詩』作家サルマン・ラシュディ 襲った犯人とは?

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
ドクターヘリで搬送されている、英作家のサルマン・ラシュディ氏。(提供:TWITTER @HoratioGates3/ロイター/アフロ)

作家のサルマン・ラシュディ氏(75歳)が12日、ニューヨーク州西部シャトークア郡の講演会場で男に襲撃され、重傷を負った。

午前10時45分ごろ、学術センター「シャトークア研究所」で、文学系の講演の開始直前、男が突然壇上に押し入り、同氏と司会者の男性に刃物で襲いかかった。ラシュディ氏は首などを複数回刺され、救急医療用ヘリコプターで病院に緊急搬送された。人工呼吸器を装着して集中治療を受けているが、肝臓や腕の神経に損傷が見られ、片目を失う恐れがあるという。司会者も軽度の頭部外傷を負った。

ラシュディ氏はインド出身の著名作家で、イスラム教預言者ムハンマドを題材にした小説『悪魔の詩』(1988年)の著者として知られる。同作は一部のイスラム教徒から冒瀆的とみなされ、イランの最高指導者だった故ホメイニ師が89年、ラシュディ氏に対して「死刑」を宣告していた。

2018年、デンマークで講演するラシュディ氏。
2018年、デンマークで講演するラシュディ氏。写真:ロイター/アフロ

APによると、ラシュディ氏の殺害に300万ドル(約4億円)以上の懸賞金がかけられていた。

同氏はこれまで9年間にわたり、英政府による24時間の警備体制の下、ペンネームを使って活動するなどし、その安全が守られてきた。このような隠遁生活を経て、近年は公の場に慎重に姿を現していたが、この日のイベント会場ではなぜかセキュリティが手薄だったようだ。

日本語翻訳者も殺害

『悪魔の詩』を巡っては、暴動でこれまで少なくとも45人(ラシュディ氏の故郷、ムンバイの12人含む)が死亡していると、APなど各メディアが報じている。

日本でも90年日本語翻訳版が発表されたが、その翌年、翻訳した筑波大の五十嵐一(ひとし)助教授が何者かによって首などを切られ殺害された。容疑者は検挙されないまま、06年に時効となった。

インディアンエクスプレスによると、ほかにもイタリア語翻訳者のエットーレ・カプリオーロ氏がミラノで刺され負傷。ノルウェーの出版元、ウィリアム・ナイガード氏がオスロで銃撃され、負傷している。

NBCニュースによると、ラシュディ氏はニューヨークでの2012年の講演で「テロリズムは恐怖そのものである」とし、「それを乗り越える唯一の方法は、恐れないと決心することだ」と語っていた。

誰が襲った?

州警察の発表によると、ニューヨーク州の隣、ニュージャージー州に住むハディ・マタール(24歳)容疑者が犯行後、その場で拘束された。

マタール容疑者はカリフォルニア出身とされる。レバノン南部ヤロンからアメリカに移住したレバノン人の両親の下に生まれた。ニュージャージーに引っ越してきたのは最近のことで、ニュージャージー州の偽の運転免許証を持っていたという。

事件の動機は依然不明で取り調べが進められている。容疑者のソーシャルメディアには、イスラム教シーア派の過激主義やイスラム革命防衛隊、イラン政府団体への共感が見られると警察が発表している。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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