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メダル候補の失速とメンタルヘルス── 大坂なおみ選手は「うつ」なのか?英語の意味を米心理療法士が解説

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
27日、体操団体決勝で途中棄権したシモーン・バイルス選手。(写真:ロイター/アフロ)

アメリカの体操の女王も不調

オリンピックにはやはり魔物が棲んでいる?

東京オリンピックでは、日本をはじめとする各国選手が続々とメダルを獲得する中、メダルの有力候補だった選手も次々と敗退している。

体操で過去4つの金メダルを持ち今大会でも有力候補のシモーン・バイルス(Simone Biles)選手もそうだ。開会以来、着地で幾度となくバランスを崩すなど本来の実力を思うように発揮できず、27日団体総合決勝で途中棄権した。チームとしてはロシア五輪委員会(ROC)に破れ、銀メダルを獲得した。

団体で銀メダル獲得もバイルス選手のコンディションは万全ではない。
団体で銀メダル獲得もバイルス選手のコンディションは万全ではない。写真:ロイター/アフロ

途中棄権の理由についてバイルス選手は、身体的な問題ではなく「自分のメンタルヘルス(心の健康)を保つため」と話した。また「頭で考え過ぎてしまっている」「年齢を重ねるごとに緊張するようになった」と、絶対王者らしからぬ不安な気持ちが露呈した。

スター選手を擁するアメリカの体操チームは、選手村に入らず選手にホテル滞在をさせるなど、体と心の健康に配慮し手厚い環境を整えている。開会式にも出席せず、こぢんまりとセレモニーを行うなど徹底した新型コロナの感染防止対策で準備万端だったはず。しかし、現実は厳しいようだ。

これについてCNNは、「バイルス選手の感傷的なインタビューが、オリンピック選手のメンタルヘルス問題を人々に投げかけた」と報じた。

バイルス選手がメンタルヘルスの話をしたのは、筆者にとって目新しいことではなかった。4月にオンラインで開催された「チームUSAサミット」では、1年以上に及ぶパンデミック中の選手のメンタルヘルスが1つのトピックだった。バイルス選手も微笑みを浮かべリラックスした表情で登場したが、「昨年は非常にナーバスな時期もあった」と、揺れ動いた胸の内を明かしていた。

新型コロナの感染拡大、ロックダウン、練習場の閉鎖、オリンピックが延期か中止か・・・精神的なショックが続き、まるで出口の見えないトンネルをさまよっているかのような時間を過ごしてきたという。そろそろ引退を考える年齢(24歳)にさしかかっていることも言葉の端々で匂わせた。体操選手としての自身の限界を感じているのかもしれない。

バイルス選手は29日に個人総合決勝が予定されており、28日はメンタルの休息にあてるようだ。メダルの女王として、なんとか最後の踏ん張りを見せてほしい。

  • Updated: バイルス選手は28日、個人総合決勝出場の辞退を発表。

大坂選手のメンタルヘルス問題。本当に「うつ」なのか?

メンタルヘルスの問題と言えば、テニスの大坂なおみ選手もそうだ。

長期にわたるディプレッションを告白し、全仏オープンを棄権した​​大坂選手。その後、全英オープンも欠場して休養し、オリンピックで久々にコートに戻ってきたばかりだった。しかし27日の女子シングルス3回戦でミスを重ね、世界ランク42位のチェコ選手にストレートで敗れ、ベスト8進出を逃した。

全仏オープンの時期は日本のメディアで「うつ状態」と大きく報じられたが、その後スポーツ系の雑誌の表紙を水着姿で飾り、自身のバービー人形やNetflixのオリジナル番組がリリースされ、オリンピックの開会式で聖火台に火を灯す大役を果たした彼女に、「うつではなかったの?」「内向的な性格には見えない」と世間の風当たりは強い。

27日の3回戦で敗退した大坂なおみ選手。
27日の3回戦で敗退した大坂なおみ選手。写真:ロイター/アフロ

英語「Depression」の意味とは

大坂選手の言う「Depression」とはどういう意味なのか。ニューヨーク州ライセンスを持つメンタルヘルス・カウンセラー、心理療法士のダニエル・ファン氏(Daniel Huang, LMHC)に話を聞いた。

まずファン氏は、メンタルイルネス(精神障害、うつ、心の病気)について、「白か黒か(うつかうつじゃないかといったレベル)の話ではない」と言う。

症状の軽いものから自殺をするほどの重いものまで段階があり、診察なしでは言い表せないと言う。ファン氏が心の治療にあたっているハミルトン-マディソンハウスでは、入院治療までを必要としない患者を受け付けており、カウンセリングをした上で各人の症状に応じて治療する。

メンタルイルネスを引き起こす要因もさまざまだ。遺伝的なもの、性格的なもの、育った環境、職場や家庭のストレスなど外的なものなどが、複雑に絡み合う場合もある。自殺未遂を起こすほどの深刻な患者は以前は年間1、2人程度だったが、パンデミック以降、失業や孤立などのストレスが加わり、その数は10人ほどに膨れ上がっている。

大坂選手の症状として、どのような状態が考えられるだろうか。ファン氏は「直接診察していないし、自分はスポーツ専門のカウンセラーではないのではっきりしたことはわからない」と前置きをしながらも、「開会式の様子などを観る限り、自殺を考えるほどの重度の症状ではないように見えます」と言う。

23日の開会式にて。
23日の開会式にて。写真:長田洋平/アフロスポーツ

ただし、重くないと言えど、心がどれほど病んでどれほど辛いかは他人には決してわからない。

大坂選手が発したツイートの中の一文:I have suffered long bouts of depression since the US Open in 2018 and I have had a really hard time coping with that.(2018年の全米オープン以来、私は長い間ディプレッションで苦しんでおり、対処するのにとても時間がかかっている)の解釈について、英語ネイティブの立場から、ファン氏はこのように答えた。

「Depressionをどう解釈するかは先ほど述べたように、人によって症状や状態が違うのでわからないが、この一文から私が感じることは、大坂選手の気分が良くない、普通ではない状態が、数日単位ではなく数週間、または数ヵ月という長いスパンで続いているというのは確かでしょう」

心理療法士のダニエル・ファン氏。NYのハミルトン-マディソンハウスで、主にアジア系コミュニティの心の治療にあたっている。(c) Kasumi Abe
心理療法士のダニエル・ファン氏。NYのハミルトン-マディソンハウスで、主にアジア系コミュニティの心の治療にあたっている。(c) Kasumi Abe

最後にファン氏は、スポーツ選手に限らず、一般の人々がメンタルヘルスを健康に保ち重症化させないために、このようにアドバイスした。

「人は落ち込んだ気持ちや悪い状態を隠す傾向にあるのですが、そのような状態は悪化する前に早めに告白してしまうのが良いです。その点では大坂選手は(自殺などを起こすような)重症化する前の段階で、自分がどのような状態にあるのか、どんな気持ちなのかを包み隠さずに話しました。良いお手本だと言えるでしょう」

オリンピック・パラリンピック競技大会概要 

第32回オリンピック競技大会(2020/東京)

7月23日~8月8日

33競技

東京2020パラリンピック競技大会

8月24日~9月5日

22競技

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(Interview and text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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