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トランプ氏 新型コロナ陽性までの「5日間の行動」 ── 忠誠心で濃厚接触者もマスクなし

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
9月8日、選挙集会でノースキャロライナ州を訪れたトランプ大統領。(写真:ロイター/アフロ)

「あと2ヵ月もあるんだよ。まだ最後までわからない」

アメリカでは現地時間の10月2日未明、トランプ大統領夫妻の新型コロナウイルス陽性判定が報道され、全米に大激震が走った。この速報を知ってすぐ、筆者はつい1ヵ月ほど前に友人が放ったこの言葉を思い出した。

米大手メディアで働く友人は、4年前の大統領選を全米各地で取材し、選挙選について知識がある。バイデン氏の支持率が上がり、世論調査でバイデン氏が有利と言われている中においても、現地で生活をしていると(支持者であろうとなかろうと)「そうは言っても、次もきっとトランプなのでは」という空気が多少なりとも流れていることを肌感覚で感じるものだ。

「だからこそ、当日の選挙日まで諦めてはいけない。選挙権を持つ者全員が投票をせねば」。そのような会話の中での友人の一言を思い出し、今回「オクトーバーサプライズ*」が本当に起こったことに驚いたのだった。

  • October surprise:大統領選挙が行われる前の月に起こる「予期せぬ大きな驚きの出来事」を指す。レーガン氏が当時のカーター大統領を破って当選した1980年以来たびたび聞かれる言葉だ。4年前の大統領選でも、ヒラリー・クリントン氏の私的なメールのやりとりが直前になって流出し、大問題になった。

現在、軽い症状が出ているとされるトランプ氏は、これからメリーランド州のウォルターリード米軍医療センターに移動し、数日間入院しながら執務を続ける予定という。また、ホワイトハウスの職員や担当記者、イベント参加の政治家らの感染も確認されている。

ほかにも現地ではさまざまな報道が飛び交っているが、ここでは陽性判定を受けるまでの5日間の行動について振り返る。

トランプ氏、陽性判定までの5日間の時系列

(参照:ワシントンポスト紙ニューヨークタイムズ紙の情報をまとめたもの)

9月25日はバージニア州で、26日はペンシルベニア州でそれぞれ選挙集会を開き、トランプ氏最側近の1人、ホープ・ヒックス氏も同行している。

9月27日

トランプ・ナショナル・ゴルフクラブを午前中に訪問後、ホワイトハウスの会見場で記者会見を行った。夕方以降、ゴールドスターファミリー(近年の紛争などで殉職した米軍の遺族団体)のためのレセプションを開催。元ニューヨーク市長のルディ・ジュリアーニ氏や元ニュージャージー州知事のクリス・クリスティ氏ら多くの政治家も出席したが、誰もマスクを着用せず社会的距離も保たれていなかった。

(* 10月3日現在、クリス・クリスティ氏は新型コロナの検査で陽性判定を発表)

9月28日

ホワイトハウスにて、ローズタウン・モーターズ「The 2021 Endurance」の祝賀イベントを屋外で開催。同社CEOのスティーブ・バーンズ氏や政治家らを招き、少なくとも5人とメディアの前に現れたが、記者会見場でトランプ氏を含む6人は誰もマスクを着用していなかった。

その後、新型コロナの今後の検査戦略について、ペンス副大統領らと共に記者会見を行った。連邦保健当局者が登壇し、新しい検査体制のデモンストレーションを行った。

(* 10月2日現在、ペンス副大統領夫妻は新型コロナの検査で陰性判定を発表)

9月29日

オハイオ州クリーブランド市で、初回の討論会。出発前、ホワイトハウスで群衆に手を振って挨拶。参加者の多くはマスクを着用していたが、夫妻はマスクなしで現れた。

討論会では、ジョー・バイデン氏、司会者のクリス・ウォレス氏、そして討論会を目の前で聞いていた娘のイヴァンカ氏やその夫のジャレッド・クシュナー氏を始めとするトランプ氏の家族は誰一人としてマスクを着用していなかった。

討論会で、トランプ氏は「マスクを否定しているわけではない。いつも持ち歩いている」とポケットに締まっていた自身のマスクを見せ、バイデン氏に対して「あなたは、遠くから見てもわかるような大きなマスクをいつも着けている」と嘲笑った。(* 10月2日現在、バイデン夫妻、イヴァンカ氏、クシュナー氏らは新型コロナの検査で陰性判定を発表)

【大統領選専用機で移動し、ヒックス氏、イヴァンカ氏などの家族も同行】

9月30日

ミネソタ州で選挙集会。メリーランド州アンドリューズ空軍基地に向かう前、ホワイトハウスのサウス・ローンにて、マスクをしていない状態で記者たちに対応。ミネアポリス州のセントポール国際空港へ飛び立ち、数人の政治家と歓談後、ミネソタ州のショーウッド村で選挙戦への資金調達イベントを開催。

続いて同州ダルース市へ移動し、屋外で選挙集会を開いた。3000人が参加したが人々は密集した形で着席し、ほとんどの人がマスクを着用していなかった(トランプ氏もマスクなし)。その後、関係者の個人宅で資金調達イベントが行われたが、参加者や人数などは不明。

【大統領選専用機で移動し、ヒックス氏も同行】

10月1日

公のイベントはなかったが、ニュージャージー州ベッドミンスター町のゴルフクラブで、資金調達のレセプションを開催し講演、支援者らと懇談した(参加人数は不明)。

ヒックス氏の陽性結果は、米大統領専用ヘリ「マリーン・ワン」が、ニュージャージー州へ向け離陸する直前に大統領に知らされていた。

その後大統領夫妻も検査を受け、同日夜にその事実が報道された。また2日深夜1時前、トランプ大統領自らがツイッターで、夫妻の陽性判定を発表した。

選挙日までの最後の1ヵ月のため、この1週間だけでもトランプ大統領は全米のさまざまな土地を訪れ、多くの人々に会っていた。しかし残念なのは、(報道を見る限り)大統領がほとんどマスクを着けていなかったこと。カメラの前でさえこうだから、裏で着けていたとは到底考えられない。そして、そんな大統領の前でマスクをしないことがいわゆる「忠誠心」のように思われていたため、濃厚接触者や選挙集会の参加者はほぼ全員マスクを着けていなかった。

また1日には、自分が濃厚接触者とわかっていながら同州へ移動し、レセプションに参加した。

新型コロナは時間が長引けば長引くだけ、人々の気も緩んでくる。不死身のイメージで新型コロナとは無縁だと思われていた(そのようなイメージを与えていた)トランプ大統領が今回罹患したことで、トランプ派・反対派関係なく、人々は一様にショックを受けている。

現地では、「高齢のため、無理をせずお大事に」、「トランプ支持には変わりない」「回復後はさらにヒーロー扱いされるだろう」「(大統領が感染し)身が引き締まった」などから、(コロナ軽視をしていたため)「かかるべくしてかかった」、「身から出た錆」、「選挙活動を有利にするためのでっち上げ」などという意見まで、さまざまな声が上がった。

筆者はこれを、20万人以上が亡くなってもまだなお行動を改めない当人とそれを模範する人々への、ウェイクアップコール(警鐘)と見ている。これまで頑なにマスクや社会的距離を保つことを拒否したり、いつまでも中国のせいにしていた人々が、この出来事を機会に少しは心を入れ替えて行動を見直すことで、感染抑制に繋がればと願う。

そして、トランプ氏は最後の大切な1ヵ月間に選挙運動が十分できなくなる可能性が高いが、このオクトーバーサプライズがどのように選挙結果に影響を与えるのか注視していきたい。

(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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