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結局アメリカでマスクはすんなり受け入れられたのか 

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
突如マスクを着け公の場に現れたトランプ氏。その姿に度肝を抜かれた人も多かった。(写真:ロイター/アフロ)

7月に入り、トランプ大統領に「変化」があった。

マスクについてこれまで「する必要はないが、したいと思うなら推奨する」(4月3日)と歯切れが悪いコメントを出し、自身は拒否反応を示し頑なに着けない姿勢を貫いてきた大統領だったが、7月11日メリーランド州ベセスダのウォルターリード米軍医療センターを訪問した際、初めて公の場でオリジナルマスクを着けて現れ、世間を驚かせた。

20日には自身のツイッターでもマスク姿をアピール。

我々は目に見えない中国ウイルス撲滅のために力を合わせており、多くの人は社会的距離を保てない場合にマスクを着用することで愛国心を示している。私ほど愛国心のある人はおらず、私こそがあなた方の贔屓(ひいき)の大統領だ!

つまり大統領が言いたいことを要約すると、こういうことだ。「この国で私が一番愛国心があり、そんな私こそがこの国の大統領にもっともふさわしい人物だ」

わざわざ中国と言う「トランプ節」は健在だが、ここにきて改めてマスク姿をアピールしながら愛国心を強調したのは、全米で今もなお急増し続ける新型コロナウイルスの感染状況(感染件数累計385万件以上、死者14万1426人)がさすがにマズイと思ったからか。しかし命を守るための啓蒙メッセージとしては伝わってこなかったため、選挙の票を意識しているようにも感じられた。

また翌21日、ホワイトハウスで行った新型コロナに関する3ヵ月ぶりの記者会見では、今後さらに感染状況が悪化するだろうと予想した上で、これまでの消極的な姿勢から一転し、感染予防効果があるマスクを着けようと国民に呼びかけた。ポケットから自身のマスクを出しながら「社会的距離が保てない場合、自分は喜んで着ける。着用にも慣れてきた」と語った。

全米と各州ごとの最新感染状況

出典:ニューヨークタイムズ紙

  • 現在、感染が主に広がっているのはアメリカの南東部

日本人とアメリカ人のマスク観

もともとマスクを着ける習慣が浸透している日本で、マスクは満員電車や会社で「他人のウイルスから自分を保護するもの」という認識が高いが、アメリカには着ける習慣がこれまでなかった。マスク姿は病気持ち、フェースカバーは強盗のイメージが強く、表情がわかりにくいと忌まれるものでもあり、見かけるのは工事現場くらいだった。4月に入り誰もがマスクを着けている異様な光景となり、筆者は何か悪い夢でも見ているような気分になったものだ。(今ではすっかりその光景にも慣れてしまったが)

過去記事

  • 筆者がニューヨーク市内でマスク姿を初めて見たのは1月末のこと。同時にマスクが市内の薬局から消えた。

【新型コロナウイルス:速報】ニューヨークの最新現地事情とアメリカ人のウイルス防止対策

  • 4月以降CDC(アメリカ疾病管理予防センター)の方針転換でマスクの必要性が叫ばれだした。

外出の際、顔はカバーすべきですか?「はい」とNY市長 アメリカでマスク改革、はじまる

ニューヨークは今

ニューヨークでは今、外出の際ほとんどの人がマスクもしくはバンダナを着けている。ホームパーティーや人の集まりで終始きちんと着けている人はいないものの、基本的に他人と社会的距離が保てない時、公共交通機関を利用する時、誰かを訪問する時などはフェースカバレージ(顔を覆うもの)を着けるのがマナーになった。

マスクの種類はさまざまだが、日本で見るような機能的なものやアベノマスクは見ない。柄入りのオリジナル手作りマスクを着けたりお気に入りのバンダナを巻いている人も多い。

マスク着用が義務化されているニューヨーク州では、着用しなければ店や公共交通機関を利用できない。ただし警察の取り締まりは5月半ばから中止に。(c) Kasumi Abe
マスク着用が義務化されているニューヨーク州では、着用しなければ店や公共交通機関を利用できない。ただし警察の取り締まりは5月半ばから中止に。(c) Kasumi Abe

またアメリカでは、マスクはCDCの見解にもあるように、自分ではなく「他人を保護するもの」という認識が高い。マスク=相手への思いやり、周りの健康への配慮と敬意を表すものとして認知されている。

BLMのデモでも、多くの人がマスクやバンダナを着けて参加。(c) Kasumi Abe
BLMのデモでも、多くの人がマスクやバンダナを着けて参加。(c) Kasumi Abe

州内でこれだけ浸透した理由の一つに、クオモ州知事やデブラシオ市長の功績がまずある。

4月以降、行政指導でさまざまな市民参加型の映像コンペや啓蒙キャンペーンを行い、知事や市長は口が酸っぱくなるほど「(他人の)命を守るためにマスクを着けよう」と言い続け、マスク着用の重要性を説いてきた。

クオモ知事のツイッターでも毎日のようにマスク着用の啓蒙メッセージを目にする。

マスクを着けないトランプ大統領に対して「アメリカの人々がコロナに真剣に対峙するためには、まず大統領がマスクを着けよ」というメッセージ(6月末)。

「コロナにかかると息ができないから、みんながマスクをしなければならない」と語る子ども。

もちろんこれら行政指導が成功した根底には、3月以降ニューヨーク州が最悪の感染状況に陥ったことで、人々が「この状況を打開せねば」と思ったからにほかならない。

また着用率アップのもう1つの理由は、5月まで品薄だったマスクが手に入りやすくなったというのもある。あれだけ手に入らなかったマスクだが、今では路上やスーパーなどで普通に手に入る。

マスク不足だった5月、NY市は公園などでマスクを無料配布した。(c) Kasumi Abe
マスク不足だった5月、NY市は公園などでマスクを無料配布した。(c) Kasumi Abe
路上で売られているマスク。このような光景もすっかりニューノーマル(新たな日常)。(c) Kasumi Abe
路上で売られているマスク。このような光景もすっかりニューノーマル(新たな日常)。(c) Kasumi Abe
ユニクロのエアリズムマスクはまだ買えない。その代わりに一般の店ではセンスのよい手作りマスクがたくさん。(c) Kasumi Abe
ユニクロのエアリズムマスクはまだ買えない。その代わりに一般の店ではセンスのよい手作りマスクがたくさん。(c) Kasumi Abe

外出自粛とマスク着用の新習慣などさまざまな要因が重なり、ニューヨークは6月に入ると感染のスピードが落ち着いた

ただ、着用率は100%とまではいかず、中には着けていなかったり顎にかけている人もいる。着けない人の心理として、マスクをある種の「圧力」と捉える傾向がある。親に宿題せよと言われた瞬間、したくなくなる子の心理と同様だ。強制されたくない、誰にも指図されたくないトランプ大統領の心のうちも、おそらくそんなところだろう。

しかし年配の人はほぼ全員、また電車の中や店内でのマスク着用率はほぼ100%だ。

NY市の経済活動再開の状況

6月8日(フェーズ1) 建設業、製造業、店舗入り口でのピックアップ再開

6月22日(フェーズ2) ヘアサロン、不動産、レストランの屋外スペース、子ども用の遊具がある公園、車レンタル、一部オフィスが条件付きで再開

7月1日 海開き

7月6日(フェーズ3) ドッグラン(レストランの屋内飲食は延期)

7月13日 市立図書館での貸し出しサービス再開(カウンターのみ)

7月20日(フェーズ4) 動物園、植物園、無観客でのスポーツイベント、映画撮影など再開(美術館や博物館、レストランの屋内飲食は延期。学校再開も未定)

NYの感染状況

州:累計41万件以上、死者3万2203人

市:累計22万件以上、死者2万2882人

エリアで異なる着用率

州内でも場所によって着用率が異なる。筆者は6月下旬に郊外のビレッジ(飲食店などが連なる通りのある村)に出向くことがあった。そこは人の往来が市内に比べ少なく、マスクをしている人も少なかった。その後市内に戻り、マスク率の高さを改めて感じたのだった。

また先日、アリゾナに住む知人と話をして驚いたことがある。アリゾナといえばここ最近、感染者が爆発的に増えている州の1つだが、知人は「ここでは多くの人がマスクをしていない。トランプ派が多い土地だから、彼の言動に倣っている人ばかり」と嘆いた。「アリゾナの知事も当てにならないから、私はネットでクオモ知事の記者会見を毎日チェックしている」とし、(同地では少数派の)マスク着用を実践中とのことだった。

ニューヨークタイムズ紙からの依頼で、調査会社Dynataが7月2日〜14日に実施した調査(25万の回答)に基づいたデータ「アメリカではどのくらいの人々がマスクを着けているのか?」が興味深い。【記事にある地図上にカーソルを合わせると、土地ごとのマスク着用状況がわかる】

これによると、一般的にマスク着用率は東部と西部で高く、中部と南部で低い傾向にある。例えばニューヨークエリアは「いつも着けている」が90%、「よく着ける」が10%、「まったく着けない」が1%以下。しかし中西部では、ほとんどの人が着けていないことがわかる。

また国別のマスク着用状況については、着用率ナンバー1はフィリピン(「いつも着けている」が92%)。日本は7位(「いつも着けている」が77%)、アメリカは11位(「いつも着けている」が59%)。着用率はアジア諸国が高く、ヨーロッパ諸国は低い傾向にある。

ただしアメリカ国内では、マスクにまつわる法令が日に日に変わっている。コロナの感染拡大に伴い、7月に入るとニュージャージー州では屋内スペースに加え屋外でもマスク着用を義務化した。またジョージア州(共和党派)はケンプ知事が州内の地方自治体に対してマスク着用を要求することを禁止していたが、17日になり住民にマスク着用を呼びかけた。世界最大小売ウォルマートでも20日から全店舗で顧客に対してマスク着用を義務化するなど、状況は刻々と変わっている。

アメリカでは50州のうち半数以上の州で屋外でのマスク着用を義務化しているが、これまで共和党を支持する州では着用率が低かった。しかしトランプ大統領が「愛国心」という言葉を盾に公の場でマスク姿をアピールし始め、マスクの感染予防効果についても言及したことで、今後さらに全米規模で着用率が上がっていくことだろう。

*注:本稿での「マスク」とは一般の人が着けるマスクのことを指し、医療従事者向けの医療用マスクとは異なります。

(Text by Kasumi Abe)  無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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