Yahoo!ニュース

乗客下船も「本当に大丈夫?」と米紙は懐疑的 日本の対応はどのように報道されたか

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
下船客を待ちわびる、山のような数の報道陣(2月19日)。(写真:ロイター/アフロ)

2月19日、横浜港に停泊中の大型クルーズ船、ダイヤモンド・プリンセスの乗客の下船が始まった。2週間の検疫を終え、同日下船が許されたのは陰性判定だった乗客443人(3日間で計970人)とされている。

しかしアメリカのメディアは、この「佳きニュース」に水を差すムードだ。

同日付けのニューヨークタイムズ紙は*「Japan Lets Cruise Passengers Walk Free. Is That Safe?」(日本はクルーズ船の乗客を解放。これは安全なのか?)という見出しの記事を発表。下船について「世界の大部分は、安心しているとは到底思えない」と報じた。

  • 現在「Hundreds Released From Diamond Princess Cruise Ship in Japan」(日本でクルーズ船ダイヤモンド・プリンセスから数百人が解放)という見出しに変更されている。

陰性判定を受けたダイヤモンド・プリンセスの乗客の下船について、日本政府の見解はこうだ。

2週間の検疫を終え、今回下船が許された乗客は最終的な検査で陰性判定が出ているのだから、下船は問題ない。公共交通機関で帰宅しても良い。

しかし、アメリカのメディアの見解はこうだ。

ウイルス検査がいつ行われたかが明らかになっていない。例えば、週末に検査を受けた人もいるが、これはさらに3日間感染の危険にさらされた可能性があることを意味する

東京のアメリカ大使館でも16日、ダイヤモンド・プリンセス内の感染拡大について、「米保健社会福祉省は、乗客と乗組員は感染している可能性が高いと見ている」とする書簡を出し、警告していた。

楽観的な日本政府に反し、石橋を叩くアメリカの懐疑心。あなたはこれをどう捉えるだろうか。

関連記事:

アメリカ当局は下船開始に先駆け、2日前の17日、チャーター2機で米国籍者を本土に移送させ、さらに14日間、米軍基地内で「完全隔離」している。

14日もの間、船内に隔離された乗客は、大切な仕事が思うようにできなかったり、家族や愛する人と会えずに辛い思いをしてきたことだろう。また狭い船内で精神的にも肉体的にもストレス数値は相当のものだったろうと察する。

だからと言ってアメリカ当局は容赦しない。さらなる14日間(合計約1ヵ月間)の隔離を、実質的に強制で決定した。ウイルス感染がもはやコントロールできないくらい蔓延することを思えば、一部の人に犠牲を払ってもらう方がマシだと考えてのことだ。

そもそもダイヤモンド・プリンセスは、中国に続く震源地だ。感染拡大を助長した何らかの間違い(隔離法、船内オペレーション、空調設備など?)のある、閉ざされた特殊な空間なのだから。

だからこそアメリカ当局は、激震地から解放された乗客をさらなる追加検疫下に置くという苦渋の決断をしたのだ。そしてこれは、アメリカだけではないことを忘れてはならない。同様にチャーター機を派遣したオーストラリア、カナダ、韓国も、陰性の乗客を、さらなる14日間の検疫下に置くとしている。

つまり「陰性判定で下船した人も、後日陽性判定になりうる可能性は否定できない」ことを意味するのではないだろうか。

「感染対策はむちゃくちゃ」岩田教授のコメント

またニューヨークタイムズ紙は、神戸大学病院感染症内科の岩田健太郎教授が、前日18日にダイヤモンド・プリンセス内に調査で入り、その後YouTubeに投稿したコメントを引用している。(現在動画は削除されている。岩田氏は家族から自らを隔離した状態で生活中のようだ)

「厚生労働省の職員、乗組員、精神科医らが同じスペースに集まり食事をとるなど、感染対策はむちゃくちゃ。完全なるカオスだ」

「どこが感染され・されていないか明確な区別がない状態で(専門家である)自分でさえ怖い空間だった」

また岩田教授は同紙のインタビューで、「日本の厚生労働省は感染防止のために『半分の措置』しか講じなかった」「19日に下船した人が、今後感染を広めても驚かない」「問題は、感染症の専門知識を持たない公務員が(検疫期間の措置を)行ったことだ」とコメントしている。

同紙は「政府が運営する疾病管理の専門機関が日本にはない。官僚が作成した仕組みに基づいてケースを処理し、それに従っていきたいのだ。具体的な目標を設定することなく、今後感染が拡大したとしても政府が十分な努力をしてきたことを見せたいだけ」と、辛辣に報じている。

「福島原発メルトダウンと類似」クリーブランド教授のコメント

同紙は、福島原発メルトダウンに対する日本の対応を研究する、テンプル大学の社会学、カイル・クリーブランド教授のコメントも掲載した。

「(福島原発メルトダウンとダイヤモンド・プリンセスの感染騒動には)類似性がある」

「日本の複雑な官僚組織における危機管理に、大きな問題あり」

「その道の専門家が意思決定するという対応が欠如し、これが一番の問題」

これら識者のコメントを引用した上で、「日本は何事も機能的で、高度に構造化された機能的な社会だ。しかし物事がレールからはみ出した時(非常事態時)においても、これまでのプロセスで十分だと考える節がある。しかし例外的な状況では、例外的な対応が必要である」と同紙は結論づけた。

日本にいたら見えないことでも、海外旅行をしたり、少しでも海外に住んだ経験のある人なら、いかに日本が律儀で整然とした良い国であるかを思い知るだろう。しかし同時に日本は、前例がないことに弱く、どうでもいいことに細かく厳しく、(武漢チャーター便の一部の帰国者の帰宅を許可するなど)ここぞという時の決断が驚くほど緩かったりもする。ルールブックに固執しすぎるあまりに考える力に欠け、応用が効かなかったり、例外的で創造的な対応ができないという弱点も持っている。

海外に住んでいる立場として、同紙の日本政府への批評は、妙に納得する内容だった。

「無症状の人が、感染していないと保証するためにウイルス検査をするのは間違い」

岩田健太郎教授のBBCインタビュー(英語、日本語字幕付き)

(Text by Kasumi Abe)  無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

安部かすみの最近の記事