地球はいつ冷めた?生物はじまりのカギ、鉱物ジルコンで迫る42億年前の地球
地球外からのデータ:冥王代地球の希少なサンプル
ちなみに冥王代(Hadean)という地質年代の名は、ギリシャ神話に登場するハーデース(=冥府の神)をもとに地質学者によって名付けられた。このハーデースという神は地下深くに潜みほとんど人々の前にその姿をあらわさない存在として知られている。 「あまりよく分からない」「情報が不足している」、このようなサイエンス上のテーマのシンボルといえるだろうか。そしてこの言葉のオリジナルの意味には、「古代ギリシャ文明の起源」、または「大地の誕生」といったニュアンスも含まれているそうだ。 まさに冥王代という名前はいい得て妙 ── といえるだろう。 データのもとになる岩石などのサンプルがこの地上にほとんど存在しないという事実。それではどのようにして地質学者は先ほど紹介した冥王代の地球のイメージを推察することができるのだろうか? いくつか非常に限られた条件ではあるが、情報のソース(源)となる存在が以前から知られている。まず冥王代の地球は、たくさんの隕石衝突が起こっていたと考えられている。その当時のモノと推定される衝突遺物がいくつか見つかっている。こうした衝突物の状況から当時の地球の環境を推定する研究が行われてきた。 そして実は「月」においても冥王代の地球を探るカギが隠されている。はっきりいうと「直接のサンプル」が月にそのまま残されているのだ。 月は冥王代に「テイア(Theia)」と呼ばれる仮説上の惑星(または巨大隕石)の大衝突により、地球の一部が引きちぎられて衛星として軌道にのった産物だと考えられている。そのため月の岩石成分は基本的に当時の地球のモノと同じと考えられる。Barboni等(2017)はこのテイアの衝突が「45.1億年前に起きた」と、月の岩石データをもとに推定している。(注:この年代の具体的な推定値は研究者によって少し開きがあるようだ。) -Barboni, M. et al. et al. 2017. Early formation of the Moon 4.51 billion years ago. Science Advances 3(1): e1602365 知られている限り最古の生物の痕跡は、約38億年前 ── 始生代(Archean)の初期 ── だとされる。しかし理論上、生物はもっと古い時代に出現していた可能性も当然あるはずだ(=化石記録に残っていない・知られていない生物の存在)。このアイデアは例えば「生物化石の最古記録」が、年々更新され続けていることからも見て取れる(こちらの最古の生物記録の記事参照)。 それでは岩石の記録において「生物が生息できそうな環境」が初めてこの地球に現れたのは、いつのことなのだろうか? この問いかけに答えるには、まず「かなり正確な地質年代の推定」を行う必要がある。 冥王代から始生代はじめの年代測定を行う際、地質学者が非常に頼りとするモノに「ジルコン(zircon)」という鉱物がある。 ジルコンは別名「風信子(フウシンシ、またはヒヤシンス)鉱」とよばれる珪(ケイ)酸塩鉱物グループの一つだ。火成岩や砂岩などにも一般的によく含まれている。基本的に非常に微小な褐色または緑色をしたガラスのような結晶をもつ(上の写真参照)。無色透明で大きめのものは一見ダイヤモンドのような趣をもっているので宝石として取引されることもある。しかし、一見硬質とされるダイヤモンドだが、ジルコンのように何十億年もの間この地球上に存在することはないそうだ。 このジルコンは非常に微量だがウランやトリウムを含有する。一方、鉛の成分は非常に乏しいという性質を併せ持つ。そのため放射年代測定 ── それも特に冥王代を含む先カンブリア代の時代 ── において非常に重要なデータ源となる。 平たく言うと地質学者は冥王代と思しき火成岩を手に入れた時、ジルコン結晶の粒が含まれていないかどうか真っ先に顕微鏡で探してみる。もし幸運なことにジルコンが含まれていれば、「ウラン・鉛(U-Pb)年代測定(注)」ができる装置を用いて、例えば約38.9億年前といった具体的な推定値を算出することができる。 注:地質年代における放射年代測定法(radiometric dating)の仕組みに興味のある方はこちらを参照: ジルコンは冥王代の地球環境を探るうえで欠かせない非常に重宝な代物といえる。「カツカレーのとんかつ」くらいの役割は占めているのではないだろうか。(個人的なエピソードで恐縮だが、先日、3年ぶりに中国のある都市のレストランで食べる機会があった。カツは偉大なり。)