パナソニックから日本の人事を変える 世界中の現場で学んだ「人事は運用が8割」
人事は「運用が8割」。良い理念や方針が現場に悪さをすることもある
――GEでのさまざまな経験の中で、人事パーソンとしての転機となった出来事はありますか。 GEが買収した日本の金融事業会社へ赴任した際は、人事制度における「運用の重要性」を痛感しました。 この会社では、伝統的な日本企業のやり方から外資系企業のやり方へと変化する中で、現場から不安や不満の声が多く上がっていたのです。たとえば外資系となってからは「従業員本人の希望を考慮しない人事ローテーションはNG。すべて社内公募しなければいけない」という方針になり、それまで行われていた定期人事異動が止まっていました。 従業員の主体性を重視する配置の方針が間違っているとは思いません。ただ現実を見ると、定期人事異動が止まったことで、10年前に単身赴任で地方へ転勤したまま戻ってこられなくなっている人もいました。一方で、「社内公募は裏切り者が利用するもの」と見られる風土もあり、もとの部署へ戻ることは簡単ではありませんでした。 ――「動きたくても動けない」というジレンマを抱える人がたくさんいたわけですね。 はい。この問題をひも解くために、私は現場でたくさんの人から話を聞きました。現場からすると、一人ひとりが大きな案件を抱えているので、社内公募で突然動かれては困る。支社・支店の管理職からすると、人を出すのはいいとしても、代わりに誰かが来てくれなければ業務が回らなくなってしまう。こうした事情があるからこそ、以前は定期人事異動を行っていたのです。 そこで私は、定期人事異動を復活させることを決断しました。GEの「従業員の意思を尊重する」という方針に則り、本人の希望を聞いた上で、実際に異動する人数の上限を定めて支社・支店の人員計画に影響が出ないようにしました。こうして定期人事異動が再び始まり、現場からは喜びの声がたくさん届きました。 会社として崇高な理念があり、正しい方針だと信じていても、それが必ず現場の人を幸せにするとは限りません。良い理念や方針が現場に悪さをすることもあるのです。本質的に組織のWINと個人のWINを両立するために必要なのは、人事が「制度2割・運用8割」を意識すること。完璧な制度を作っても、現場で「裏切り者が利用するもの」と思われていては意味がありません。現場にフィットするように制度をチューニングする運用こそが大切なのだと学びました。 ――GEを経て、メルカリのCHROに就任しています。これまでとはまったく異なる事業環境への挑戦でした。 GEが厳しい市場環境に対応してデジタル改革を進めていた頃、私はGEジャパンの人事部長やアジアパシフィックの人事責任者を務めていました。100年以上の歴史がある会社を、ITベンチャーのようにアジャイルでスピーディーな組織にできるのか。この挑戦に挑む中で、私はテックカンパニーの成長に貢献したいと考えるようになりました。 日本に帰国した後はグローバル規模のテックカンパニーからいくつかお声がけをいただきましたが、最終的には上場直後のメルカリを選びました。メルカリはまさに、グローバルテックカンパニーになろうとしていたからです。 CHRO就任後は外国人採用を推進し、55ヵ国からエンジニアが集まる会社となりました。高いモチベーションを持って働く英語話者が会社の成長を支え、日本の永住権を申請する人も増加。少子化で高度人材が不足していると言われる中で、日本企業がこうした成長モデルを実現できたのは大きな成果だったと感じています。