パナソニックから日本の人事を変える 世界中の現場で学んだ「人事は運用が8割」
人事の課題を乗り越えるために、あえて人事以外のポジションへ
――その後の2001年、木下さんは日本GEへ転職していますが、この決断の背景には何があったのでしょうか。 GEへの転職を決めたのは、「HRリーダーシッププログラム」という制度があったからです。当時の設計では、人事部門に入社したメンバーが8ヵ月×3回のローテーションでさまざまなポジションに就き、人事以外の仕事を経験するという仕組みでした。 人材開発や組織開発の知見不足を痛感していた私は、事業の現場に身を置いて事業そのものを前に進める経験を積み、そこで奮闘する従業員の思いを理解したいと考えていました。そんな私にとって、GEの制度はうってつけだったんです。 ――人事としての課題を乗り越えるために、あえて人事以外のポジションを経験できる機会を選ばれたのですね。 はい。転職後はさっそく、アメリカ・カナダの事業会社で財務や内部監査の仕事を担当しました。 その後はタイの工場へ赴任しマネジャーに。営業本部長や営業マネジャーとともに、営業プロセス改善や生産性向上を目的とした取り組みを進めました。営業メンバーに同行して顧客先へ赴く機会も多く、手触り感を持って組織・事業・現場を理解し、自分の中の引き出しを増やすことができました。 栃木県にあった日本GEプラスティックス(当時)の工場人事も経験しました。生産が海外へシフトし、コストカットの連続で従業員が疲弊していた時期であり、エンゲージメントスコアが100点満点で30点という状況での赴任でした。経営陣への不信感も根強かったと思います。 一方、この工場には日本の事業に迅速に対応し、昔ながらの高い技術力を武器に新機能を持つ製品や新開発の材料を試せる強みがありました。有名製品の開発プロジェクトに参加し、高い付加価値を生み出す工場へと生まれ変わる取り組みを進める中で、エンゲージメントスコアが2年間で80点台へ大幅改善。従業員の目の色が変わり、「組織は生まれ変わることができるんだ」と実感しました。