存在を消したい過去を乗り越えて──サッカー元日本代表DF酒井高徳が打ち明ける心の傷 #今つらいあなたへ
コンプレックスを抱えている人に伝えたい
酒井の子どものころと違い、近年は多様性を認め合う社会意識が広がりつつある。その変化を彼自身も感じていた。 「自分は“ハーフ”だからとか、そういう言葉すら発さなくなってきています。僕の子どもたちは言ったら“クオーター”になるわけですけど、むしろうらやましがられるみたいなこともあると聞いて、正直そんな時代になったのか、と。グローバル化されて、いろんなあり方が尊重される世の中になってきているので、僕のようなコンプレックスを抱えてきた人も昔に比べれば少なくなってきているのかもしれません」 ただ一方で自分と同じような境遇で育ち、コンプレックスを抱えて生きている人たちがいることには胸を痛める。 自分の立場から、何か伝えられることはないか? そう尋ねると、彼はじっと考え込んだ。どれだけ苦しいかを知っているからこそ、軽々しく語れない。あくまで「自分の経験談」と前置きしてから言った。 「コンプレックスをなくすためにサッカーを一生懸命に頑張れたところはあったと思います。運が良かったし、いろんな出会いもありました。それに20歳でドイツに渡ったことも大きかった。外見を気にすることもなく、人と人との間にラインを感じなくていい世界のなかで人としていろんなものを吸収できたし、あの8年間があって人間性も含めて変わっていくことができたので。 もし自分と同じコンプレックスを抱く人がいるとしたら、海外に行くことで見方を変えるのも一ついいんじゃないかって思います。ひょっとしたらすごく小さいことをずっと気にしていたんだなって、僕はそうなりましたから」 サッカーに対しても、そしてドイツ行きに対してもそう。心の内側に向かうのではなく、外側に移した意思と行動によって彼は没頭できるもの、見方を変えるものにたどり着いた。それがコンプレックスの克服にもつながった。 自分の世界を狭めるのではなく、勇気を持って広げていく。それは酒井高徳が自ら歩んで会得した人生観そのものである。