明確な政府発表のない「ガソリン車禁止論」 根深い欧米信仰
欧州にとって最後の望みである「EV」だが……
結局、欧州のメーカーにとって、燃料電池以来の失敗の歴史を逆転する期待の星、あるいは最後の望みこそがEVなのだ。ところが、これも少し雲行きが怪しい。一般的にEVの原価の40%はバッテリーだと言われている。ところがこのバッテリーの生産は、中国、韓国、日本とアジア勢が寡占状態にある。もしEVを主力にすると、欧州メーカーは国外支払いが大幅に増える。それは国内雇用の維持を難しくすることに直結する。自動車産業の40%も雇用が減るのは恐怖である。日本なら220万人が失業することなる。それでは治安が維持出来ないだろう。どこの国でも雇用問題は極めて重要な政策課題であり、欧州にとっても例外ではない。由々しき問題を孕(はら)んでいるのだ。 問題に気付いた欧州は、もちろんバッテリー生産の域内化に乗り出した。それがスウェーデンのノースボルト社なのだが、このバッテリーの生産戦略もまた綱渡りだ。生産拠点をスウェーデンにする理由は電源構成の良さにある。バッテリーは生産時に電気を大量に使う。スウェーデンはその電力の75%が非化石発電だ。つまりLCAで見た時、他国のバッテリーに比べてCO2負荷が低くなり、それはカーボンプライシングの広がりとともに、価格競争力に大きくプラスになるのだ。
しかし問題はトータルでのコストである。スウェーデンは言わずと知れた高福祉国家で、世界的に見て人件費が高い。対して、これまで中国はこうした競争領域に莫大な政府の補助金を投入することで、他社の追随を許さない価格競争力を備えてきた。競合先の価格を見て補助金を投入するダンピング政策なので、こと重点政策に限れば百戦百勝である。もちろんWTO(世界貿易機関)のルールから見れば真っ黒、ブラックホール並みの黒さである。ファーウェイの次世代通信規格「5G」覇権争いの例を挙げるまでもなく、その巨額の補助金の不公正さで、世界から商品を排除されてきた。 米国はWTOのルールを守る様に中国に圧力を掛け続け、こうしたダンピングや知財の不正使用、非対称規制などの禁止に向けて戦ってきた。ここ1年ほど、EUもこれに倣って公正化要求を推し進めてきたはずなのだが、年末にドイツのアンゲラ・メルケル首相が先導する形で、EUは突如中国への公正化要求を事実上無効にする合意を結んでしまった。前述のルール破りを、大手を振ってやり放題になった中国に、果たして高コスト体質のノースボルトは勝てるのだろうか? こうした状況に鑑みるに、どうもEUにとってEVは分が悪くなりつつある。燃料電池で失敗し、ディーゼルで失敗し、ダウンサイジングターボも思ったほど育たず、ディゾットも失敗と言う流れの中で、果たしてEVで連敗を止められるのだろうか? 少なくとも自動車技術のトレンドセッターとしては、欧州はこの30年間、失敗だけを積み重ねてきたように見える。その負の歴史を知っている筆者には、「欧米では……」という言葉が空虚に聞こえて仕方がない。
----------------------------------- ■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある