明確な政府発表のない「ガソリン車禁止論」 根深い欧米信仰
もう十分だろう。つまり現状としてのEUは、「政府だけが脱内燃機関を掲げ、自動車メーカー各社にはそれに付き合うつもりは全くない」。トヨタが超小型EVのC+pod(シーポッド)を発表し、ホンダはコンパクトな電気自動車Honda eを発売済み。マツダはまもなくMX-30にEVモデルを設定して発売するほか、スバルではすでにトヨタと共同でEVの開発計画を発表している。日本のメーカーもきちんとEVもキャッチアップしている。 世界の自動車メーカーは、EVを含めた多様なパワートレインを開発しており、従来内燃機関を作ってきたメーカーは、どこもEV一本化などとは言っていない。欧州メーカーと日本のメーカーの何が違って、どこがどうガラパゴスだと言うのか? 異質と言うならテスラの方だ。 思い込みは誰にもあることだろうが、その思い込みで強弁をする人たちは、もう一度自分の論拠を点検した方が良いだろう。粗雑なイメージ論による批判は知性的スタンスの対義にあるものではないか?
欧州の環境対応は「失敗」と「掌返し」の歴史
最後に、欧州が必ずしも先見の明に優れているわけではなさそうだという話をしよう。 1990年になる頃、世界の人々は燃料電池の時代の到来を信じていた。技術を開発したのはカナダのバラード・パワー・システムズ社だったが、完成間近と期待されていた自動車用燃料電池は結局ものにならずに、バラード社は、2007年に自動車用燃料電池事業を売却して撤退した。そんな未来のことは露知らず、ダイムラー(当時はダイムラー・ベンツ)は1997年に、メルセデスベンツAクラスの床下に燃料電池の収容スペースまで設けて発売したが、その空間に燃料電池が搭載されることは最後までなかった。よほど執着があったのか、Aクラスは2004年デビューの2世代目まで、この誰も使わない床下収納が設けられていた。 これが番狂わせの始まりだ。トヨタもこの時点では燃料電池こそ次世代動力源と思っていたと思われるが、幸いなことに社内でHVを開発した人たちがいた。そして奇しくもAクラスと同じ1997年にプリウスがデビューする。おそらくトヨタ自身も燃料電池までの「つなぎ」と考えていただろうし、海外からは燃料電池の覇権が決まっている状況で、なぜHVなどに莫大な投資をするのか? と散々バカにされたのだが、結果を見てみれば、この寄り道扱いされたHVでトヨタは大躍進を遂げた。筆者も当時バカにした側だった。Aクラスがあそこまでやっていることから判断して燃料電池は直近に主流になると思っていた。それを反省して今がある。 困ったのは欧州のメーカーである。バカにしている間にハイブリッドの特許はトヨタがガチガチに固めてしまい、いざ燃料電池計画が頓挫した時点では、入り込む隙は全くなかった。トヨタの特許を避けて、急ごしらえのハイブリッドをいくつか出してはみたものの、成功にはほど遠かったのである。そこで欧州は舵を切り直す。「減速時のエネルギー回収が強みのHVは低速走行中心の日本スペシャルであり、高速巡航がメインの欧州ではHVはメリットが少ない」という理屈をひねり出し、ディーゼルエンジンへと邁(まい)進したのだ。 強烈なトルクがあり、CO2排出の抑制でも優れていたディーゼルだが、公害面で短所を持っていた。窒素酸化物(NOx)と煤(すす)が出る。これを抑え込もうとするとパワーが出ない。特にアウトバーンの国ドイツでは時速180キロオーバーの超高速での巡航性能が求められる。その両立に苦しんだVWは、禁断のインチキを行った。ソフトウェアで測定時だけ排ガスをキレイにするディフィートデバイスを使った。つまり通常の街乗りでは基準を超えたガスが出ていたわけだ。不正があまりにも大規模であったため、欧州の大都市の環境汚染が深刻化し、その結果インチキが露見して、ディーゼルの信頼は大きく毀損して、勢力を失っていった。日本では窒素酸化物に関しては昭和53年規制(1978年)に、煤に関しては平成11年(1999年)に克服した問題である。 ここから欧州各社の足並みが揃わなくなる。VWはダウンサイジングターボを二の矢としてつがえたが、排ガスの測定モードがWLTP(国際調和排出ガス・燃費試験法)に変わった途端、仕組み上CO2排出量を抑えられなくなって失速。 ダイムラー(当時はダイムラー・クライスラー)はDiesOtto(デイゾット)と呼ばれる予混合圧縮着火システムにトライし、各方面に完成間近とアナウンスしたが、いまだに出て来ない。むしろダイムラーを出し抜いてこれを完成させたのがマツダのSkyactiv-Xエンジンに投入された新しい燃焼技術であるSPCCI方式だ。