「ウィズ・コロナ」入場制限営業で物価は上がる?
新型コロナウイルスの緊急事態宣言の全面解除から1か月以上、県をまたぐ移動の自粛が解除されて2週間が経ちました。感染防止対策を取りながら経済・社会活動を再開する「ウィズ・コロナ」の生活が始まったわけですが、人と人とのソーシャルディスタンスを確保するというウイルス対策が、物価の動向に影響するのではないかという見立てがあります。第一生命経済研究所・藤代宏一主任エコノミストに寄稿してもらいました。 【写真】東京五輪「中止」でも日本経済は終わらない
観客制限の埋め合わせでチケット代上がる?
コロナ禍発生前後の経済構造の変化が注目されていますが、なかでも物価に対する関心が高まっています。この点、筆者を含む専門家は、景気が停滞する状況下で物価下落への圧力が強まるとの見方で概ね一致していますが、一方で(経済の専門家等ではない)人々の中には、サービス業における「蜜」を避けるためのコスト増加などが物価上昇を招くのではないかと懸念を抱いているようです。 そうした文脈でよく引き合いに出されるのが、スポーツや音楽イベントでの観客入場制限がチケット1枚あたりの価格上昇につながるといった予測です。現実的には主催者が動画配信サービスなどを通じ、安価な選択肢を用意することも可能なため、一概に上昇するとは限りませんが、そうした象徴的な事象が人々の潜在的な物価見通しに影響を与えている可能性があります。 ただし、こうした事象はマクロ的概念である「物価」というよりは個別品目の「単価」に近く、仮に価格上昇が起きたとしても、それはあくまで局所的かつ一時的事象と判断されます。たとえば、動員客を従来の1/3に制限する埋め合わせとしてチケット代を3倍にすれば、たしかに当該品目の単価は3倍になります。しかしながら、一部の熱狂的な消費者を除けば、総所得が減少(もしくは不変)する中で、そうした価格上昇が受け入れられる可能性は低く、大半のケースで数量要因(客数減少)を補う価格上乗せはできないはずです。
個別物価の上昇の前に起こり得るシナリオは?
もっとも、完全な価格転嫁はできなかったとしても、その一部を転嫁することで価格が上昇することはあるかもしれません。ただし、これも景気が停滞する状況下では、部分的な事象に終わる可能性が高いと判断されます。個別品目の相対価格が上昇した場合、消費者は他の品目の支出を抑制せざるを得ないため、結果的にその他品目の価格に下落圧力が生じるからです。 たとえば、飲食店におけるコスト増(パーティション設置、清掃強化)を考えてみましょう。店側はこれらコストを価格転嫁し、収益を守ろうとするでしょう。ここで話を簡単にするため、国内全ての飲食店が値上げに踏み切り、消費者がそれを完全に受け入れる(外食を減らさない)ケースを想定します。ここで賃金は不変とします。すると、消費者は外食以外の支出を抑制せざるを得ないため、その他品目の価格に下落圧力が生じることになります。つまり、品目間の相対価格に変化はあっても、全体の物価が上昇する結果には発展しないということです。 また、それ以前の問題として、そもそも飲食店が値上げをできずに収益を犠牲にする結果も考える必要があるでしょう。実のところ筆者はその可能性が一番高いと考えています。よほど強い人気を誇る飲食店は例外的として、大多数のケースが値上げを実施できず、収益を犠牲にする結果になると思われます。競合店との価格競争も然り、消費者が自炊を選好してしまうためです。 コロナ禍においては、マスクやアルコールといった衛生製品の価格が急騰したり、食料品価格の上昇に対する懸念が高まったりしたことで、人々の物価感が上向いた節があるようです。しかしながら、現実のデータに目を向けると、過去、賃金が伸びない中で物価だけが持続的に上昇したケースはありません。また理論的に考えても、通貨価値暴落を前提にしない限りにおいて、景気が悪い中で物価が上昇するとは考えにくいです。良くも悪くも物価が上がらない状態が続きそうです。
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