日本人は本当にNHK紅白を欲しているのか…平成元年の「打ち切り騒動」以来35年ぶりに番組を襲う根本的な疑問
■1989年の「紅白」が抱えた“外側からの危機” 1989年、最大の危機のもと放送された『紅白』。視聴率は第1部が38.5%、第2部が47.0%と必ずしも良かったわけではなかった。 ただ「紅白をやめないでほしい」という視聴者からの声が多数寄せられ、また1991年に放送衛星打ち上げ失敗にまつわる疑惑が浮上して島桂次が会長を辞任。 代わって「紅白」の育ての親的存在でもある芸能畑出身の川口幹夫が1991年にNHK会長に就任したため、「紅白終了」という声は聞かれなくなった。2部制も好評だったため、続けられることに。皮肉にも、いっそう大型番組化したわけである。 そして現在。そこには、1989年とはまた異なる危機がある。 1989年に「紅白」の存続が問われるようになったのは、主として日本の外側にある国際情勢の変化、それに伴う切迫感からだった。いわば、“外側から来る危機”である。 現在もそれは、グローバル化の波として存在する。K-POPの台頭もそのひとつだろう。ここ数年K-POP勢(そこには日本人メンバーがいる場合も多い)の出場も定着しつつある。 だがより重要なのは、日本社会の変化、日本人の価値観の変化だろう。つまりこちらにあるのは“内側にある危機”だ。「紅白」は、それに対応する必要に迫られている。 ■2024年の「紅白」が抱える“内側にある危機” たとえば、「紅白」の根幹でもある男女対抗形式。番組が始まった戦後直後においては、男女対抗は男女平等の表現であり、時代の最先端を行くものだった。ところが現在は、性的マイノリティの人たちの正当な権利を認める流れなど多様性が意識されるなかで、男女対抗というかたちそのものが時代に合わなくなりつつある。 また、若者世代がネットで音楽に接する状況が進むなか、音楽番組として世代差にどう対応するかということもある。最新の音楽トレンドを強く反映した内容にするのか、懐メロ重視の内容でいくのか。「今年ヒットしたのに出ない」という若者世代の不満と「初めて聞く曲ばかり」といった年長世代の不満それぞれにどう応え、「紅白」らしい誰もが楽しめる音楽番組を目指すのか、ということである。 いずれの問題も番組そのものの本質にかかわるという意味で、「紅白」はいま番組開始以来最も難しい状況に直面しているのは間違いない。 ---------- 太田 省一(おおた・しょういち) 社会学者 1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。 ----------
社会学者 太田 省一