加熱式たばこでハームリダクション…二者択一を迫らない依存症との向き合い方
20.8億円の行政コストが削減(2021年試算)
たばこの害をいかに減らせるか。健康への影響のみならず、火災の発生件数や死亡者数にも議論が広がりました。安田教授は次のように説明しました。 安田: 消防庁の「加熱式たばこ等の安全対策検討会報告書」によると、加熱式たばこは紙巻きたばこよりも火災リスクが低いことが確認されています。 さらに独自に試算した結果、2016-21年の間に加熱式たばこが普及したことで、 ・出火件数は5527件 ・火災対応の行政コストは73.9億円(人件費のみ考慮) ・火事による損害額は66.9億円 ・火事による死者数は253人 抑えられていた計算となることが分かりました。 また、2021年単年でみたところ、 ・出火件数は1446件 ・行政コスト20.8億円 ・損害額は17.4億円 ・火事による死者数は67人 抑えられていたことが分かりました。 極端な話で言えば、紙巻たばこから加熱式たばこに全員が移行すれば、これらの損害を全てゼロにできる可能性あります。加熱式たばこの普及は、それくらいメリットがあることなのです。
たばこの税率改定が及ぼす影響とは
今、国内では、防衛費の財源確保に向けた増税に伴って、たばこ税の見直しが議論されています。 具体的には、加熱式たばこの方が紙巻きたばこに比べて税負担が低いため、加熱式たばこの税率を上げて、この差を解消しようとするものです。その影響について安田教授は次のように説明しました。 安田: 経済学の世界では、価格を1%上昇させたときに需要が何%減少するかを「需要の価格弾力性」という言葉で表現します。 たばこの価格弾力性について諸外国の数字をみると、おおよそ価格が1%上がると、需要が0.3~0.4%減ると言われています。 日本国内では、加熱式たばこの価格弾力性について、信頼できるデータを使った推計がまだありません。 一方で、グローバルでは推計が出始めている。紙巻きたばこの価格弾力性が0.3~0.4なのに対して、加熱式たばこは、1を超える推計値がたくさん出てきているのです。 これが意味するところは、税率改定で加熱式たばこの価格が1%上がれば、需要が1%以上減るということです。加熱式たばこが広く普及している日本では、諸外国と比べて弾力性の値は小さいことが予想されますが、それでも値上げによって加熱式たばこの需要が大きく減る可能性があるのです。 懸念するのは、今、日本国内で加熱式たばこのユーザーの割合が増えて、ここまで説明してきたようなハームリダクションの社会経済的なインパクトが見え始めているのに、紙巻きたばこへの回帰が起きて、これまでの動きと逆行してしまうかもしれないということです。 岩永: 税率改定とハームリダクションの関係というのは非常に興味深い視点だと思います。同じことがアルコールにも言えるでしょう。 たとえば、「ストロング系」と呼ばれるアルコール度数が高い缶チューハイは、ビールより税率が低く、価格も安くて手軽に酔えるとあって、若者や低所得者層を中心に人気を集めてきました。 一方で、アルコール依存症の人たちにも広がり、症状を悪化させているとして社会問題化しました。たばこもアルコールも少額で簡単に気分転換できるもの。日々の生活に疲れていて、お金がない人は、こうした手っ取り早い遊びや嗜好品を選びがちなのです。そんな状況を、税率のコントロールで是正できるのであれば、それは非常に興味深い施策だと思います。 (写真は、「©豊永和明」) イベントでは、依存症を巡る報道の在り方についても議論が及びました。開催レポートの後編では、マスメディアの課題や責任についてお届けします。