加熱式たばこでハームリダクション…二者択一を迫らない依存症との向き合い方
健康への影響をどう評価するか
安田: 2つ目に紹介したいのが「日本における紙巻きたばこから加熱式たばこへの移行が健康と医療費に及ぼしうる効果」を調べた論文です。 この論文では、①慢性閉塞性肺疾患②虚血性心疾患③脳卒中④肺がん──の4つを対象疾病にしています。50%の喫煙者が加熱式たばこに移行し、加熱式たばこは70%健康リスクが低いと仮定した上でシミュレーション。 その結果として分かったのは、 ・毎年約1200万人の喫煙関連疾患の患者が減少し、医療費が4540億円削減されると期待される ・脳卒中と虚血性心疾患の発症率は29%減少、肺がんの患者数も20%減少が予測される ということでした。 以上のことから、喫煙分野のハームリダクションが社会経済的に非常に大きなインパクトをもつことが分かります。 医療記者の岩永さんは、加熱式たばこへの移行を考えるうえでの健康との関係性、社会的視点の必要性について論点を示しました。 岩永: 2点ほど指摘しておきたいと思います。 1つ目は加熱式たばこへの移行が本当に健康に良いのかどうか、結論を出すまでにはもう少し時間が必要だということです。 加熱式たばこへの切り替えが健康に与える影響を研究している東北大学の田淵貴大准教授によると、室内での喫煙が紙巻たばこより増えてしまい、受動喫煙が増えたり、低出生体重児が増えたり、子どものアレルギーが増えたりといったデータがあると言います。 2つ目は、依存症を個人の問題ではなく、社会の問題として考えていくことの必要性です。生活習慣病対策として、日本ではメタボ検診を大々的に導入しています。しかし、莫大な公費を使う一方で、費用対効果が低いということが研究で証明されています。 「生活習慣病」というと、個人の生活習慣に問題があるのだと思われがちです。しかしながら、その人が置かれている社会状況についても考える必要があります。 新鮮な果物や魚を買えるのはお金持ち。経済的に困窮していたり、非正規雇用だったりすると、カップラーメン1つで夕食を済ませることもある。そうすると、塩分摂取量が高くなるかもしれないし、体にも悪いかもしれない。 でも、それが個人の責任なのかという点はぜひとも問いたい。社会的な状況によって、ある種の生活習慣に陥らざるを得ないということはあるわけで、このような社会経済的な背景についても議論する必要があるでしょう。 〇堀: これまでの話を伺っていて、災害大国である日本では災害復興やレジリエンスの観点でも、ハームリダクションが重要だと思いました。たとえば、長引く避難生活によって食生活の習慣が変わって塩分を過剰摂取してしまったり、喫煙や飲酒で寂しさ、孤独を紛らわしてしまったりということもあります。「平時の健康管理だけではなくて、有事の際に強靭性のある社会を作るうえでハームリダクションがどう有効なのか」という議論の形をつくることも大切でしょう。