なぜ「最も批判され最も愛された」セレッソの大久保嘉人は引退を決意したのか…涙の会見で語った真実とは?
電話で報告を受けた夫人の莉瑛さんも、受話器越しに「本当にそれでいいの」と返してきた。それでも頑固な一面も持つ大久保の決断は揺るがなかった。 「通算200得点を取りたい、という思いは誰よりも強いし、そのチャンスがあるのも自分だけだった。ただ、自分のなかで調子がよければ取れるし、悪かったらあと何年かかるかわからない思いもあった。ならばこの時点でやめた方が、すっきりするんじゃないかと。それをみなさまに伝えたときには、本当にすっきりした思いになりました」 19日の電撃的な引退発表から一夜明けた20日には、ホームのヨドコウ桜スタジアムで古巣の川崎と対戦。1-4の大敗を喫したなかで後半開始直後から途中出場した大久保は、セレッソの発表前に川崎の鬼木達監督へ電話で決意を伝えていた。 川崎でコーチ、指揮官として大久保と4年半の時間を共有した鬼木監督の心を「律儀な男なので」と震わせたエピソード。時には我を忘れるほどの熱血漢で、自分にも周囲にも厳しくて、それでいて情にも脆い大久保へ、引退会見に駆けつけたセレッソのOBで、いま現在は大久保の代理人を務める西澤明訓氏も賛辞を送った。 「これほどまでにいろいろな方々に迷惑をかけて、批判されて、それでもこんなに愛されたサッカー選手はいままでいなかったんじゃないかな。必要とされているなかで、自分で決断して引退する選手は限られる。嘉人の決断を尊重したいと思います」 サッカー選手ではなくなった後には、ベストスコアが「91」のゴルフで「80」台を目指したいと笑顔を浮かべた大久保だが、その前に戦いはまだ残されている。 リーグ戦の残り2試合を終えれば、ベスト4に勝ち残った天皇杯が待つ。個人タイトル以外には優勝と無縁だった大久保は「最高のチャンス」と、来月12日の浦和レッズとの準決勝、そして川崎と大分トリニータの勝者と対戦する同19日の決勝を見すえながら、会見のなかで言い忘れていたと断りを入れ、こんな言葉を伝えている。 「審判団のみなさまには本当に迷惑をかけました。謝りたいと思っていますし、これからはサッカー選手でなくなる以上、レッドカードをもらわないようにしたい。大久保嘉人に関わってくれたみなさま、本当にありがとうございました」
思いの丈を語り尽くした約1時間の記者会見では、2013年5月に61歳で他界した父親の克博さんへの思いを問われ、冒頭以上に涙する場面もあった。 「やっぱり口が渇きますね。目から涙が出れば」 照れくさそうにミネラルウォーターを口に含んだ大久保は、深々と一礼して会見場を後にした。凛とした背中に、ゴールに関わる数々の記録だけでなく愛されるキャラを介した記憶でも、ファン・サポーターの脳裏に色濃く焼きついている理由が凝縮されていた。 (文責・藤江直人/スポーツライター)