なぜ井上尚弥は557発のパンチを繰り出し8回TKO勝利も「メンタルがやられる」ほど“格下タイ人挑戦者”に苦労したのか?
今回の視聴契約件数は不明だが、そもそもボクシングの名勝負は、実力のある対戦相手とシンクロしなければ生まれない。無名のタイ人とのマッチメイクで3960円の価値を論ずるには無理があったが、海外のリングでしか実現できないとされていた100億円マッチの可能性への先鞭を井上だからこそつけることができた意義ははかりしれない。 モンスターの称号を越えていこうとする姿がある限り井上はさらに強くなる。 いよいよ来春にはビッグマッチが待ち受ける。選択肢は3つ。2019年11月のWBSS決勝で井上に敗れ、無冠になってから、鮮やかな復活劇で、WBCのベルトを奪いとり、日本時間12日の暫定王者との統一戦でも鮮烈の左ボディショットの一撃でKO勝利して存在感を示した39歳のレジェンド、ノニト・ドネア(39、フィリピン)か。それとも指名試合の計量を「ウイルス性胃炎」を理由にキャンセルして、WBO世界同級王座の保持には「10日以内に診断書提出」を条件とされているジョンリエル・カシメロ(32、フィリピン)か。あるいはスーパーバンタム級への転級か。 キーマンの大橋会長は「今後の展望としてはドネアが最有力。カシメロに対してWBOがどういう措置を取るのかに注目して、この2人とやることになる。もし、途中で指名試合などで実現できない場合はスーパーバンタム(への転級)を考えている」という。 実は、この10月にドネアは第一期の黄金時代にタッグを組んでいた元ゴールデンボーイプロモーションCEOのリチャード・シェーファーが新たに立ち上げたプロモート会社「プロベルム」と契約した。シェーファーは、今回カシメロと対戦予定だった指名挑戦者のポール・バトラー(英国)とも契約しており、井上との対戦に向けて、より大きなファイトマネーを引き出そうと駆け引きをしてくる可能性がある。 単純な発想で考えれば、“トラブルマン”でベルトの行方も定かではないカシメロよりも、2年前に名勝負を演じ、再戦のドラマ性がある井上対ドネアで決まりだろうが、まだ「最有力」としか言えない興行の世界特有の大人の事情があるのだ。 井上自身も、そのあたりの背景がわかっているだけに、「4団体統一をすごく重視して、バンタム級にこだわってやってきたが、(交渉が)こじれてスムーズに行かなければ、そこは、そこで考えて、スーパーバンタム級も考える。陣営との相談。願いとしては、どちらか(WBC、WBO)のチャンピオンとやりたいですけど、(WBO王者の)カシメロの措置もまだ下されていないですからね」と語るにとどめた。 井上は否定したが、5回、7回と2度のインターバルでイスに座らずに足を動かすなど、減量の影響でなんらかの異変が発生していたかのように思われた。バンタムの階級で戦うことも、そろそろ限界に近付いている。4団体統一を成し遂げるには、残された時間はそう多くない。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)