なぜ井上尚弥は557発のパンチを繰り出し8回TKO勝利も「メンタルがやられる」ほど“格下タイ人挑戦者”に苦労したのか?
プロボクシングのWBA世界バンタム級スーパー、IBF世界同級王者の井上尚弥(28、大橋)が14日、両国国技館でIBF世界同級5位のアラン・ディパエン(タイ)と防衛戦を行い、8ラウンド2分34秒TKO勝利した。スーパー王者のWBAは6度目、IBFは4度目の防衛成功となった。井上は、ジャブ、左右ボディを中心に序盤から合計557発のパンチ(ヒットは201発)を浴びせ、実力差を見せつけたが、異常なまでにタフなタイ人を仕留めるのに手こずり、試合後は「期待を下回る試合ですみません」と約7000人のファンに“お詫び”した。来春に予定されるビッグマッチ。約2年ぶりの国内リングで凱旋勝利したモンスターは運命の春を待つ。
教則本に載るような数種類のリードジャブ
もう一人のモンスターが両国にいた。 「これ効いているの? オレにパンチがないのか」 井上は悩んでいた。 多彩な左ジャブでダメージを与え、数多くの名ボクサーを悶絶させてきた左右のボディが何発も内臓まで響いているはずなのに、タイ人は表情ひとつ変えずガードを固めてリングを逃げ回るだけでなく、時折、強い右を振って反撃さえ仕掛けてくるのだ。 「呼吸は荒くなったが、表情にも出さず淡々とやってきた。こっちのメンタルがやられそうだった」 モンスターハンターというよりはゾンビ。 「判定決着」さえ頭をよぎったという。 1ラウンドは慎重なスタート。ボクシングの世界戦は、甘いものではないことは重々承知しているが、一発で終わらせようとしているのでは?とかんぐった。3年前には、ファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ)を一撃で沈めた実績もある。 だが、井上は、「そんなにボクシングは甘くない。しっかりと相手を見切るために見ていた。タイ独特の雰囲気、リズムがちょっと読み辛いなと感じた」という。 「リードパンチだけで倒せばカッコいい」 その公約を守るかのように2ラウンドに入ると、左ジャブで、試合を組み立てはじめた。しかもボクシング教則本に載るような美しいジャブを手を替え品を替え数種類以上浴びせた。 元3団体統一王者のワシル・ロマチェンコが操る、やや上を狙うジャブ、腕をL字に下げたところから打つフリッカー、角度を横や下から変えて突くジャブ…。ジャブに関しては、「かなりダメージの蓄積があるくらいに当たっていた」との手応えはあったが、タイ人はリングに立ち続けた。 4ラウンドには、左アッパーの電光のトリプルを2度。わざとロープを背負い誘ってもみた。右のカウンターをいいタイミングで放ったが、これも当たったのは頭。もう時間の問題に見えたKOタイムがなかなか訪れない。 「ボディにしろ、右のパンチにしろ、本当に芯を食うのを打てた感じはなかった」