災害で身元特定の決め手 知られざる「歯」の重要性と、急がれるデータベース化 #知り続ける
11年前の東日本大震災では、身元のわからない遺体が多数あった。警察と身元の特定にあたったのは歯科医師たちだった。安置所で一体一体、歯を調べ、生前のカルテと照合していった。一方、カルテが津波で消失したため、身元が特定できないケースもあった。次の大地震が迫る中、生前の歯カルテのデータベース化が注目されている。今回、具体的な構想を初公開するとともに、震災時に対応にあたった歯科医師にも話を聞いた。(取材・文:ノンフィクション作家・柳原三佳/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
遺体の身元確認をした歯科医
穏やかな海と白い砂浜――。岩手県の陸中海岸に面した釜石市鵜住居(うのすまい)地区は、ラグビーW杯が開催されたスタジアムがあることでも知られる。11年前、この風光明媚な地区を震度6弱の地震と津波が襲い、580人もの死者・行方不明者を出した。 「地面が波を打つような強い揺れでした。診察台のキャビネットから医療器具の入ったトレイがいっせいに落下し、立っていることもできませんでした」 地震発生時の様子をこう語るのは歯科医師の佐々木憲一郎さん(54)だ。2000年に鵜住居で医院を開業し、震災当日も診療にあたっていた。地震のとき、患者は6人いたが全員ケガはなく、何人かはここに残るように言った。佐々木さんは駐車場の車のラジオに耳を傾けた。
地震から約30分後、前方の川からバキバキッという轟音とともに大きな土煙があがった。津波の襲来だった。医院は海岸から2キロ、海抜10メートルに位置したため「油断していた」という佐々木さん。妊娠中の妻の手を引いて高台に逃げ、間一髪で難を逃れた。 夜が明けて目を凝らすと、あたり一面真っ黒な土砂とガレキに覆われていた。一変した街並み。佐々木さんの医院も1階天井付近まで津波が押し寄せ、医療機器は全て壊れた。 「開業して11年、積み重ねてきたものが一瞬にして失われました。気持ちも沈みました。でも、自分も家族も生きている。地元の歯科医としてなすべきことがあると思いました」