片岡義男の「回顧録」#3──道路はそのままで小説になる 『湾岸道路』と『夜霧の第二国道』
片岡義男が語る、1970~80年代の人気オートバイ小説にまつわる秘話。第3回は『湾岸道路』とHARLEY-DAVIDSON FXS1200ローライダーです。 【画像】HARLEY-DAVIDSON FXS1200ローライダー ミニヒストリーの画像を全て見る(全5枚)
道路の名称が、ただそれだけで小説の題名になる、とはっきり意識したのは、いつのことだったか。小説を書き始めてからのことであるのは確かだ。題名には苦労がともなう。意識と無意識の中間あたりにいまも漂っているのは、『夜霧の第二国道』という歌謡曲だ。メロディのぜんたいが第二国道であり、特に「第二国道」という言葉が譜面にのった、F、C7、Fの二小節は、こんな言葉がこうもなるのか、という感銘を大学生だった頃の僕にあたえてくれた。 道路の名称を題名にした僕の小説は、第二国道を出発点にしている。『箱根ターンパイク置いてけぼり』という題名の短編を書いた記憶がある。ほぼおなじ時期に『小牧インターチェンジ待ちぼうけ』という題名でおなじく短編を書こうとしたのだが、いまにいたるもそれは実現していない。待ちぼうけなら、いくらでもあるはずだ。箱崎ジャンクション、という名称も短編の題名に使いたい、とせつに思った。置いてけぼり、待ちぼうけ、そしてその次は、なになのか。その次が、いつまでもないままだ。 『湾岸道路』という題名は、すんなりと編集部の同意を得ることが出来た。『環状七号線』という題名でも長編を書きたいものだ、とかつて思った。第一部と第二部とに分かれていて、第一部は「内回り」で、第二部が「外回り」だ。東関東自動車道も使えるかな、と思ったことがある。下り坂を下りきると、いきなり日本海側の世界に入るところが、どこかの自動車道にあった。あ、日本海側だ、と全身で感じるあの瞬間を、小説の題名に出来ないものか。首都高速道路、という六文字も、字面は良いのではないか。しかしこれだけでは殺風景なので、なにかをつけ加えなくてはいけない。高速3号渋谷線ならいいかもしれない。高速湾岸線もある。千葉街道もなぜか使いたい。どんな言葉を加えれば、千葉街道が引き立つのか。第三京浜では、泣きながら第三京浜、という題名を考えたのだが、よせよ、泣かすなよ、からっと笑えよ、という意見があり、考慮中だ。これで笑うか千葉街道、というのはどうか。東海道、山陽道、国道2号線なども、使いたい。 ずっと以前の時代劇映画の題名に、『勢揃い東海道』というのがある。道中とか五十三次といった言葉も、いまの小説の題名のなかに使えないものか。第二京浜多摩川大橋、という言葉もいいと思う。自動車でこの橋を渡るあいだという、きわめて短い時間がストーリーの核になっている、切れ味鋭い、クールのきわみのような短編を書きたい。 文=片岡義男