海の煌めきを宿す、硬質な美:民谷螺鈿
ー貝殻を織物にするという着想を得てから、螺鈿織を開発するまでの経緯をお聞かせください。 私が小学校の頃までは京丹後の海辺に住み、貝殻が身近にあったこと、そしていくつかのきっかけが重なり、螺鈿織の着想を得ました。 父が京都の西陣織の織り場として京丹後で仕事をしていたときのことです。京都のある取引先の担当者が、正倉院に所蔵されているような珍しい織物をコレクションする業界内でも有名な方で、「京丹後で織物の仕事をするなら、最後は自社でオリジナルをやりなさい」とアドバイスを受けていました。 そして1977年頃、知り合いの昆虫愛好家から「標本にしていた蝶々を引き箔で織ってほしい」という依頼があり、試験を重ねてどうにか蝶の羽を織ることはできたのですが胴体部分がうまくいかず苦慮していました。そんなとき、たまたま訪れた正倉院展で展示されていた螺鈿の宝物に出会い、そこで閃いたそうです。「美しい光をもつ貝殻を蝶の胴体部分に使えば美しい作品に仕上がるのでは」「丹後ならではの織物にもつながるかもしれない」、それらのことが螺鈿織を開発する大きなきっかけとなりました。 基本的に引き箔の工程は分業で、生地を切るときは裁断屋に依頼します。しかし硬い貝殻を切ると裁断機の歯が折れてしまうため、どこも引き受けてくれませんでした。探し回ってようやく京都で1軒だけ引き受けてくれる裁断屋を見つけ、螺鈿織の研究を始めることができました。貝殻という硬質で割れやすい素材にどのように柔軟性を持たせて織り込むか、引き箔の上に貝を貼り、糊やコーティングなど試行錯誤しましたが、最初は失敗の連続でした。そして約2年間の研究を経て、螺鈿織が完成します。
ー螺鈿織の制作工程や技術的なこだわりについて教えてください。 貝殻を板状に薄く研磨したあと、独自のコーティングをして割れないように加工し、デザインした柄の形に切って、金箔や銀箔、漆で着色した和紙に貼っていきます。和紙に貝殻を貼り付けたものを細く平糸状に裁断し、緯糸(よこいと)として織り込みます。基本的に、経糸(たていと)はシルクです。 和紙に貼り付けるにはある程度の強度が必要で、剥がれないようにするには糊の粘度や質が重要です。貝を貼る土台の素材や季節によっても、糊の接着の強度が変わってきます。そのため、接着する際の糊の調合をその都度変える必要があり、接着技術やその工程は難易度が高いです。土台の素材が変わるとその都度試験を繰り返し、後々剥がれないようにします。また和紙の張りがありすぎるとあとで折り目がついたり、脆くなったり、反り返ったりしてしまうため、和紙の選定も重要です。貝殻特有の硬質感を残しながら柔軟さを出すという当社独自の技術により、蒔絵に見られるような螺鈿の魅力や美しさを織物に表現することができます。 また自社開発できるところが強みです。一般的には箔を作る「箔屋」と、生地を織る「織屋」は分業です。螺鈿織の研究をする過程で箔屋の技術をある程度習得する必要があり、当社では箔屋と織工房、両方の技術を持っています。そのため和紙の代わりにレザーを使用するなどさまざまな素材をアレンジし、他にはないオリジナルのプロダクトを作り上げることができるのです。