海の煌めきを宿す、硬質な美:民谷螺鈿
ー螺鈿織の魅力について教えてください。 正倉院宝物にも螺鈿細工が多いように、古来螺鈿の持つ貝殻独特の煌めきは人々を魅了し、長い間その技法が伝わり愛でられてきました。海辺に住んでいた幼少期は、夏にはよく貝を取りに行っていました。海の中に潜って海面を見上げたとき、空から海に差し込んだ太陽の光が水中に煌めくさまを見て、海中で見る光と貝殻の持つ輝きがすごく似ていると感じました。光る素材は人を高揚させるものが多いですが、貝殻にはどことなく心が落ち着くような輝きがあり、それが独特な魅力だと思います。 平安末期から鎌倉にかけて良い螺鈿蒔絵が数多くありますが、その時代は浄土思想が隆盛を極め、有力者たちは極楽浄土を現すために伽藍内を螺鈿蒔絵で装飾しました。貝殻の煌めきは、別世界を表現するのに効果的だったのだと思います。
先端性と伝統技法の相互作用
ーデザインや素材の組み合わせが独創的ですが、アイディアの源、参考にしているものやことなどはありますか? ビッグメゾンは現代アートのようにコレクションのコンセプトがとても明確です。彼らとのコミュニケーションを通して、自ずと研ぎ澄まされたコンセプトに触れることができます。トレンドの最先端で常に新しいクリエイションを追求する彼らの考えや、ものづくりにおける着眼点などに影響を受けています。そんななかで、時にデザイナーから具体的な要望を受けることもあります。たとえば「コルクが織れないか」といったようなことです。これまで数々の斬新な提案を受けては、新たな生地の制作に挑戦してきました。こういったユニークな発想にインスパイアされ、逆に伝統的な着物の帯にそれらを取り入れるなど自社製品にも還元しています。海外のビッグメゾンとの仕事を通して、お互いにうまく価値を高め合う相互作用が生まれたと思います。 デザインに関しては、時代を超えて生き残ってきた着物や帯の古典柄、屏風や日本画を参考にしています。海外に出て日本をより俯瞰的に見るようになり、日本的な要素や着物特有の表現や伝統的な柄をベースに、現代的な解釈でアレンジを加えデザインするようになりました。 海外との仕事が増えたことで海外を近くに感じるようになり、アシンメトリー、素材感、陰影、侘び寂びなど、「日本らしさ」について突き詰めて考えるようになりました。日本の禅の思想や独自の美的感性を海外にも分かりやすく広めた岡倉天心、鈴木大拙、柳宗悦や谷崎潤一郎などの著書を読むと、日本らしいとはなんなのか、日本らしさの所以に関して同じ系譜が見えてきます。今は原点に立ち返り、本当に着物の帯を熟知している人たちを唸らせるようなものづくりにも挑戦したいと思っています。