国土の7割を覆う森へ、5割の人が行かない。''林業漫画家''平田美紗子さんが語る森に行くことのススメ
── 木には、地球温暖化を食い止めるはたらきがあると聞いたことがあります。こうした木のはたらきも、森の機能に含まれますか。 地球温暖化を抑制するはたらきは「地球環境保全機能」に当たります。 地球温暖化は、二酸化炭素(CO2)などの「温室効果ガス」の大量放出によって、地球全体の平均気温が上昇している問題のことですよね。 木は成長するときに光合成をして、二酸化炭素を吸収して酸素を出すので、地球温暖化を抑制する機能があると言われているんです。もちろん木も呼吸するので二酸化炭素は出しますが、放出する酸素量のほうが大きいので、結果的に温室効果ガスの増加を食い止めてくれます。 ── 森には、地球上の生き物や環境を守ってくれる機能もあるんですね。 地球環境を守る以外のはたらきもありますよ。保養や行楽などの「保健・レクリエーション機能」はその一つです。 たとえば、現代社会のストレスに晒されている人間が、一定の時間を森で過ごすだけでストレス値が下がるという報告(※)もあります。これは木が発する「フィトンチッド」と呼ばれる化学物質によるものだとされていて、ストレス値のほかにも、血糖値や生理痛が改善する可能性があるという研究結果も出ています。 参考:https://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/kouho/Press-release/2007/shinrinyoku20080325.html ただ、日本では森に慣れ親しんでいる人があまりに少ないんですよね。内閣府が令和5年10月に行った調査では、直近1年以内に「森に行っていない」と回答した方は47.4%でした。国土の7割(約67%)が森なのに、半数近い人が1年間で1度も森に行っていないという結果は、森の仕事に携わる者としてはショックな事実でした。
樹齢50年のトドマツが1,400円以下になった理由
── 森を訪れる人が少ないこと以外にも、森に関する課題はありますか? 木材の価格が下がり、森に木を植えて育てようとする人が少なくなってしまったことですね。 ひと昔前までの山は"財産"で、山を所有する方にとって、木が銀行貯金のような役割をしていたんですよ。たとえば、子どもの進学や家を建てるときなどに、木を売れば十分なお金を手に入れることができたんですね。 60年前にスギが1反(10アール)あれば、大卒初任給の約20ヶ月分ほどもらえたと聞いています。それが現在だと、大卒初任給の0.4ヶ月分程度にしかならないんです。北海道の樹齢50年のトドマツは1,400円以下にまで下がっています(※石狩森林管理署管内の50年生トドマツ立木1本で試算した場合)。 ── 50年かけて育てたトドマツが1400円以下に! 木材の価格はどうして下がってしまったのでしょうか? 国産材の需要が少なくなったのが原因の一つです。戦後、復興をするために木材の需要が急増し、大量の国産材が伐採され、それでも不足した分を補うために、外国産材に頼らざる得なくなり、木材輸入の自由化が行われました。 そのため安価な輸入材が流入し、国産材の価格は低迷しました。そのうえ国内で再造林した人工林が利用段階になるまで数十年を要したことから、製造施設での国産材から外国産材へのシフトも進み、国産材の自給率はどんどん下がって、一時期は18%台まで落ち込んでしまったのです。 こうして需要の低下に伴って、国産材の価格も下がってしまったんです。 ── なるほど。やはり木を伐採することはよくないんでしょうか? 木を適度に切って使うこと自体は、森の循環を促すのでむしろいいことなんですよ。 ただ、1980~1990年代の教科書から「林業」という言葉が消えて、のちに森林の水源涵養機能や土砂災害防止機能など公益的機能が重点的に取り上げられたことで、ともすると「木を切ることは悪いことだ」と感じる人が増えてしまった経緯もあるように思います。 適度に、適切な場所で「伐って、使って、植えて、育てる」を繰り返すことで、森林の自然環境は保全されていくこと、私たちの毎日の生活で使う「木」を届けてくれる「林業」という生業があることを、たくさんの方に共通認識していただきたいです。