考察『光る君へ』48話「つづきは、またあした」まひろ(吉高由里子)の新しい物語へと三郎(柄本佑)は旅立つ「…嵐がくるわ」最終回、その強いまなざしの先に乱世が来ている
大丈夫です、赤染衛門先生
すっかり白髪となった赤染衛門(凰稀かなめ)が、倫子を前に『栄花物語』26巻「楚王の夢」、嬉子の臨終場面を読み上げている。ドラマの中では書き始めたのは「刀伊の入寇」のあった寛仁3年(1019年)であったから、あれから8年経った。道長の曾祖父が仕えた宇多帝から始まった歴史物語だが、道長の栄光だけではなく、悲嘆に暮れた太閤夫妻の姿まで記すことになったのだ。 赤染衛門「果たして私が書いたものは『枕草子』や『源氏の物語』のように広く世に受け入れられましょうか」 大丈夫です、赤染衛門先生。『栄花物語』は広く長く読み継がれ、2021年大学入学共通テストの問題にまでなってます。 娘の臨終の描写に泣いていた倫子が涙を拭いて座り直し、 倫子「自信を持ちなさい。見事にやってくれています。あなたは私の誇りだわ」 嬉しそうに微笑む赤染衛門。『栄花物語』は正編30巻、道長の死を描いた「鶴の林」までが赤染衛門の執筆という説が有力である。「藤原道長のきらきらした栄華を」記録してほしいと願った倫子の依頼に応えた作品を完成させたのだ。 凰稀かなめの赤染衛門は、聡明で凛として忠誠心に溢れ、時におちゃめ。一年を通してとても魅力的な存在だった。赤染衛門先生、ありがとうございました。 同じ土御門殿で、道長を囲んで四納言が酒宴をしている。公任はこの前年の万寿3年(1026年)、60歳で出家した。酒が弱くなっただのトイレが近くなっただの、おじいちゃんが集まったときの会話は昔も今も変わらない。他の4人に、「情けない! 自分はまだまだ大丈夫だ」と豪語して笑った俊賢は、この年、万寿4年(1027年)に世を去った。 父・源高明の失脚で政界で生きる道はないかのように見えたのに、持ち前のしたたかさによって見事なリカバリーを果たした男。お疲れ様でした。
紫式部と菅原孝標女と清少納言が!
為時(岸谷五朗)邸の庭で、乙丸(矢部太郎)が熱心に仏像を彫っている。その横を、見慣れない若い下女が忙しく通り過ぎる……ああ。乙丸の伴侶、きぬ(蔵下穂波)が亡くなったのだ。「この身ひとつなので妻など」と言っていた彼に越前から連れ添い、まひろが旅に出るときは供をせよと送り出してくれたきぬ。おおらかでたくましく、優しい女性だった。長年、乙丸の「いい人」でいてくれてありがとう。 しんみりしていたら、まひろを前に『源氏の物語』を読んでいる若い女性は……菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ/吉柳咲良)! おおお、日本史上もっとも有名なオタク、俺たちの祖! のちに彼女が残した『更級日記』には『源氏の物語』に熱中した少女時代の思い出が記されている。あこがれていた源氏の物語をやっと手に入れて、一巻ずつ誰とも会わず自分の居室で寝転んで読む、その心地を、 后の位も何にかはせむ(帝の后の位も、源氏の物語が読める価値に比べたら何になろうか) と表現した。その言葉に、今までどれだけ多くの人が共感しただろう。私もその一人だ。 そうか、菅原孝標女(ドラマでの名はちぐさ)が紫式部と対面できたのか、よかったねえと頷いていたのだが、 ちぐさ「この作者のねらいは、男の欲望を描くことですわよ、きっと!」 ……「この作者」……? えっ。ちぐさちゃん、もしかしてまひろが作者だと知らずに語っている? 独自解釈を、話に耳を傾けてくれる優しい人相手に猛烈に語っているということ? こんなにもオタクにありがちな挙動を再現するとは。しかも相手が作者だとは。 共感性羞恥で死にそう……やめて、ちぐさちゃん! 見ている側のライフがゼロよ! 思う存分語って満足したのか、帰って行くちぐさちゃんと入れ違いにまひろのもとを訪ねてきた女性……清少納言、いや、ききょう様(ファーストサマーウイカ)! 紫式部と菅原孝標女と清少納言が同じ画面の中に。フィクションの楽しさが詰まっている。 ききょうは年老いて、まひろとの交流が再開したようだ。膝の痛みを訴えつつ縁側に座り話に花を咲かせる。 ききょう「枕草子も源氏の物語も、一条の帝の御心を動かし政さえも動かしました。まひろ様も私も、大したことを成し遂げたと思いません?」 まひろ「ええ。米や水のように、書物も人になくてはならぬものですわ」「されどこのような自慢話。誰かに聞かれたら一大事ですわ」 楽しそうに笑い合う紫式部と清少納言。このふたりを才能を認め合い、理解し合える友として描いたこの作品に、平安文学ファンとして心から感謝したい。 壊れた鳥籠が揺れる。この場面では鳥籠は政治的な背景……ふたりの呪縛の象徴だ。それが壊れて、解き放たれた二人の才女の姿に大泣きした。
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