考察『光る君へ』48話「つづきは、またあした」まひろ(吉高由里子)の新しい物語へと三郎(柄本佑)は旅立つ「…嵐がくるわ」最終回、その強いまなざしの先に乱世が来ている
清々しい藤原隆家
道長は、嬉子だけでなく、出家した顕信(百瀬朔)と三条帝の中宮だった姸子(倉沢杏菜)と次々と我が子らに先立たれた。自身の病も重くなり、土御門殿から法成寺に移る。 まひろが縁側で読んでいるのは白楽天の『長恨歌』。『源氏物語』にも引用される、玄宗皇帝と楊貴妃による愛と別れの物語である。 七夕の夜にふたりだけで誓いを交わす──天に在っては比翼の鳥となり地に在っては連理の枝となろう。天地は悠久でも時には限りがある。この別れの悲しみは尽きることがない──よく知られた美しい詩である。 その『長恨歌』のすぐあとに同じく白楽天の、白氏文集『婦人苦』が続いている。 伴侶に先立たれた男女それぞれの境遇について、女性は孤独に過ごすが男性はなんだかんだ言って後添いをもらったりすることを、折れた竹と柳になぞらえて語り、「そうした女性の苦しみを理解して軽んじることのないように」と説くものである。 このふたつの詩は、まひろ自身が書き写したものだろうか。悲劇的な別れを前にした男女の麗しい誓いと、現実的な男女格差。 恋のあわれを謳いつつも、そこに冷徹な視点を置くことを忘れなかった『源氏物語』の作者らしい読書の姿だ。 そこに隆家(竜星涼)が訪ねてきて、道長が臥せっていることを伝える。 中関白家に生まれた身ながら出世しなかったこと、中納言を返上したことを「清々した」と笑う彼が、文字通り清々しい。藤原隆家、登場時から最終回まで竜星涼が好演した。
道長の瞳に光が差す
道長の最期が近づき、厳かな読経が響く法成寺。『栄花物語』が伝えるとおり、彼の手は阿弥陀仏と五色の糸で結ばれて極楽往生を願う形を取っている。 倫子の命で百舌彦(本多力)がまひろを迎えに来た。 倫子「殿に会ってやっておくれ」 夫・宣孝が死んだとき、妾であるまひろには葬られた後に嫡妻から報せが来て、臨終前後の様子すら教えてもらえなかったことを思い出す。あれがあったから、今回の倫子の依頼がどれほどに破格の待遇かがわかる。 倫子「どうか殿の魂をつなぎとめておくれ」 最期まで悔いのないよう、夫・藤原道長を送ってやりたい。そのためであれば頭も下げる。ボロボロに傷ついても、倫子はこの国最高の貴婦人として振る舞い続けるのだった。 御簾の内に入ったまひろだが、道長はこちらを見ても「誰だ」。見えていない……。 8年近く前に別れた最愛の人が目の前に現れたというのに、その姿は見えない。なんと苦しい再会だろう。 藤式部としての勤めを終えた日に「これで終わりにございます」と自分の手を引き剥がしたまひろの「お目にかかりとうございました」という言葉に、道長はゆっくりと手を差し伸べる。その手を握るまひろ……。やっと生き返ったかのように深く息をする道長に、これまでの病の苦しさを感じる。 まひろは自分の体に道長の身を預けさせて薬湯を飲ませる。その姿はまるでピエタ像のようだ。ピエタとは「慈悲、憐み」を意味する。 世を変えたいと思い続けて権力を手にしてもこの世は変わらなかったと嘆く道長を「あなたが戦のない世を守った」と慰めた。 ある日突然戦禍に巻き込まれた人々を、テレビやインターネットを通して目にしている現代の我々は、それがどんなに難しいことなのか知っている。 もう物語は書いていないというまひろに、 道長「新しい物語があれば、それを楽しみに生きられるやもしれんな」 まひろ「では今日から考えますゆえ。道長様は生きて、私の物語を世に広めてくださいませ」 道長「ふふふ……お前はいつも俺に厳しいな」 翌日、ふたりの思い出を描いた檜扇を開いたまひろが語り始めたのは、 「むかし、あるところに三郎という男の子がおりました。兄がふたりおりましたが、貧しい暮らしに耐えられずふたりとも家を飛び出してしまいました。父は既に死んでおり……」 それは、権力とは無縁の家に生まれた三郎の物語。本来の道長……おっとりとした優しい少年が歩む人生。もう闇しか宿っていないと思われた道長の瞳に光が差す。 「つづきは、またあした」 やわらかな声でまひろが告げる。これはシェヘラザード──『千夜一夜物語』のオマージュだ。 新たな三郎の物語では、散楽の皆は生きて旅立つ。道長の秘めた願いを、これまで辿った道に落としてきた後悔を、少しずつ拾い集めては作り変え、まひろは語って聞かせた。この物語は、彼の全てを知る彼女にしか作れない。 これまでもこのドラマは音楽が素晴らしかったが、最終回はまるで物語そのものが呼吸しているかのように静かに音楽が流れる。 日を追うごとに弱り「生きることは、もうよい」と首を振る道長だが、まひろの物語の新たな登場人物、「川のほとりで出会った娘」に目を開けた。道長のためだけの物語では小鳥は去らず、三郎の手のひらに舞い戻る。つづきは、またあした……。 そして翌朝。倫子が部屋を訪れてみると、道長の手が布団から出ている。妻はその冷たさに夫が夜の間に旅立ったことを悟ったのだった。 ここで、あっと気づいた。オープニングの映像……伸ばした手と手。水の中か幻の中にいるかのような、おぼろげな光。どこか官能的なまひろの表情と姿。私たちはずっと、道長の末期の夢を見ていたのか。 三郎の「藤原道長」としての生は幕を閉じた。彼は今、まひろが語り始めた新しい物語の続き……永遠の夢の中にいる。 三郎、お疲れ様でした。
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