2024年の主な文学賞:長期の休みにお薦めの作品
本屋大賞には青春エンタメ小説
本屋大賞に選ばれたのは、『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈、新潮社)。同賞は、全国の書店員がぜひ売りたいとお薦めする本に与えられるものだけに、広く一般向けに楽しめる作品が選ばれる。その趣旨にたがうことなく、本作は中学から高校に進み、大学受験に励む女子の爽快な青春を描いたエンタメ小説に仕上がっている。 主人公の成瀬は、ずば抜けて成績優秀だが、ちょっと変わった女の子で、周囲の好奇の目も気にせず我が道を進んでいく姿が読者の共感を呼ぶ。著者は本作の舞台となった滋賀県大津市在住。主人公の強烈な魅力あふれる人物造形もさることながら、ローカル色豊かな物語であることもベストセラーになった理由ではないだろうか。 閉店される西武大津店、琵琶湖の観光船「ミシガン」、地元資本のスーパー「平和堂」、江州音頭がメインイベントの「ときめき夏祭り」などなど、これらは実在するが、地方ならではの温もりにあふれている。 続編の『成瀬は信じた道をいく』もベストセラー街道をまい進中だ。
手だれのハードボイルド作家による快作
優れた大衆小説に授与される吉川英治文学賞には『悪逆』(黒川博行著、朝日新聞出版)が選ばれた。大阪在住の著者は、2014年、大阪の暴力団の生業(なりわい)を活写した「疫病神シリーズ」の5冊目にあたる『破門』で直木賞、20年に日本ミステリー文学大賞を受賞しているが、裏社会の人間を描かせたら天下一品である。数々の著作物は、エンタメ色豊かなハードボイルドでありながら、関西弁で進行する物語にはユーモアが溢れ、テレビや映画で映像化された作品も多い。 そんな手だれの著者の受賞作は、大阪府警捜査1課の若手刑事と所轄のベテラン刑事のコンビが、連続して起こる凶悪な殺人事件の犯人を追い詰めていくという筋立てである。 物語は広告代理店経営者が殺害される場面から始まる。この経営者は弁護士事務所と手を組んで、消費者金融の過払い金請求で詐欺を働いていた。殺人犯は証拠を一切残さず、捜査は早くも暗礁に乗り上げる。 そこへマルチ商法の代表者、麻薬密売に手を染める新興宗教の宗務総長が殺されていく。巧妙な手口の犯人を追いかける刑事コンビの絶妙なかけあいと、悪党を次々と手にかけていく犯人の2つの視点で進行する物語はスピーディーで、読者をグイグイと引っ張っていく。最後まで結末が分からず、長編でありながら一気読みは必至。ミステリーファンなら掛け値なしに堪能できる作品だ。 日本推理作家協会賞には『地雷グリコ』(青崎有吾著、KADOKAWA)、『不夜島(ナイトランド)』(荻堂顕著、祥伝社)の2作が選ばれた。この賞を受賞して飛躍していったミステリー作家は多い。ここでは連作短編の『地雷グリコ』を紹介しておきたい。同作は、先の直木賞候補5作の中にも選ばれており、その面白さはお墨付きといえるだろう。 全編を通しての主人公となる女子高生は勝負事にめっぽう強く、学園内で対戦相手に挑まれた頭脳ゲームに次々と挑んでいく。表題作の『地雷グリコ』は、対戦相手とじゃんけんをしながら勝ち負けで階段を上り下りするが、どこかに地雷が仕掛けられているというもの。彼女は奇想天外なゲームをどうやって切り抜けたか。著者が考案したそれぞれのゲームを登場人物と一緒になって読者も考えていく趣向が、本作の醍醐味といえるだろう。 ネタバレになるので粗筋を詳しくは紹介できないが、日本推理作家協会賞の選考委員・葉真中顕氏は「強く推した。魅力的なゲームをつるべ打ちしているだけではなく、読者を日常から非日常へ誘う構成に舌を巻いた。また背景にある主人公たちの友情物語は、青春小説として優れている」と絶賛するのであった。