持病の87歳夫を看取った82歳末期がん妻が念願叶って「同日」に他界…看取り医「佳代子さん、やるな」と呟いた訳
■「夫と同じ日に死にたい」 「いつ最期を迎えますか?」――。そう尋ねられても、正確な予測は医者だって不可能であるし、そもそも自分自身の寿命の調整などできません。 できるのは、「来春に咲く桜の花を愛(め)でたい」「孫の結婚式まではなんとか」といった目標や希望をあげるくらいのもの。そうしたなかで、「パートナーのいなくなった世界にはいたくない。パートナーと一緒に寿命を迎えたい」と希望する人が少なからずいます。 どの本だったか忘れましたが、統計学上で同日同時刻にパートナーが一緒に病死する確率は10億分の1とされていました。一方、同じ飛行機に搭乗していて事故に遭えば、同日同時刻に死亡する確率が高まります。米国国家運輸安全委員会の調査によると、米国内で航空機に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.0009%だそうです。いずれにせよ、極端に低い確率であることは間違いありません。 ■酸欠で倒れた夫を「ポンコツ」と笑う妻 肺気腫を患い、在宅で酸素吸引をしながら生活していた夫の拓三さん(87)を支えていた妻の佳代子さん(82)は、トイレで踏ん張りすぎて酸欠で意識が飛んだ拓三さんを介抱しながら、「このポンコツが」と言って笑っていました。そこだけ見ると、佳代子さんは悪妻のように思えてしまいます。でも、その佳代子さんの切なる希望が、「できれば、夫を看取ったうえで同じ日に死にたいのよ」だったのです。 それからも訪問診療をしている間、佳代子さんが拓三さんに「ポンコツ」と言っているのを何度か聞いたことがあります。でも、拓三さんはニコニコしながら聞き流していました。とても不思議に思い、それまでのご夫婦の関係について佳代子さんに尋ねました。「私は中卒の学歴しかなく、自分の思い通りの生き方をしてこれなかったの。そんなあるとき、親戚が喫茶店を開いて繁盛しているの知って、そこで修業をさせてもらい、自分で喫茶店を開くことにしたのよ。普通の夫だったら、お金もかかるし、潰れる恐れだってあるし、猛反対するはずだけど、何も言わずに応援してくれたの。また、若くして息子を亡くし、立ち直れなくなったとき、この人はそばでずっと支えてくれていたのよ。だから、看取ったうえで同じ日に最期を迎えられたらと思ってね」 拓三さんの様子を気にしながら佳代子さんの口から発せられる話を聞いて、決して悪妻なんかではないことが私にはわかりました。介護で感じてしまうストレスを発散しているだけで、拓三さんが愛情深く受け止めてくれることを信じているのです。その拓三さんの愛情に対する感謝の気持ちが、同じ日に、看取ったうえで最期を迎えたいという、切なる希望へ昇華していったのでしょう。 そして、3カ月後に転機が訪れます。佳代子さんに大腸がんが見つかったのです。がんはかなり進行しており、腸閉塞による通過障害を解除するステントの挿入手術で入院することになりました。その間、拓三さんは一時的に施設に入ることになったのです。 退院できたものの、佳代子さんの寿命は月単位、もしくは週単位と診断されていました。佳代子さんの目前の希望は、拓三さんが帰宅して娘さんと一緒に3人で食事をすることでした。診察で訪ねると、ささやかな宴が行われていて、佳代子さんはほっとした表情を浮かべ、拓三さんも楽しそうでした。 それから2日後、娘さんから呼び出しがありました。拓三さんは朝から目が覚めないといいます。診察すると、拓三さんは呼吸状態が限界に達していました。そして、3日後に拓三さんは亡くなりました。看取った後の帰り際、佳代子さんは私に手を振ってくれました。 すると、その晩に娘さんから「母を病院に緊急搬送した」との連絡が入りました。そして翌朝、「お世話になりました。母は搬送先で亡くなりました」と電話があったのです。 思わず私は「佳代子さん、やるな」と呟いてしまいました。佳代子さんが先に逝ってもおかしくはない状況でした。でも、先の切なる希望が佳代子さんの気力を支え、自らの希望を見事叶えたのだと思ったからです。