今年で317年、宝永からマグマを溜め続けた富士山…次の大規模噴火は「これまでにないステージの始まり」となるか
富士山の噴火史のなかでも特異的な宝永噴火
宝永火口からは大量の軽石とスコリアが噴出し、東方の山麓に厚く堆積した。これらの降下火砕物は、下部が白い軽石からなり、上部が黒いスコリアでできている。これは、宝永噴火の際に噴出したマグマの化学組成が時間とともに変化したことを意味している。 プリニー式の大噴火を起こした宝永噴火は、富士山の噴火史のなかでも特異的なのである。先にも指摘したように、富士山は駿河トラフと相模トラフを陸上へ延長した線の交点に位置する。 すなわち、フィリピン海プレートの沈み込み運動と噴火の相互関係が問題になるのだが、これについては巨大地震との連動というテーマになるので別の機会に譲りたい(なお、拙著『富士山噴火と南海トラフ』では、1章を割いて詳しく解説しているので、ぜひお読みいただきたい)。 なお、宝永噴火にいたるステージ5の噴火口に注目すると、噴火の時期によってある特徴が見出される。
新たなステージのはじまりを示唆するもの
2200年前に始まったステージ5の噴火口は、基本的には山腹にできている。ただし、ステージ5に含まれる噴火のうち11世紀以降のものは、いずれも山頂からの噴火ではないとはいえ、火口の位置は標高3000メートルを超える位置にできている。 このことから研究者の中には、富士山では山腹噴火の時期が終了し、山頂噴火を起こす新しい時期に入りつつあると考える人もいる。すなわち、宝永噴火から300年以上も経った次の噴火が、これまで通りステージ5の山腹噴火を起こすのか、あるいは新たなステージ6の噴火を起こすのか、予断を許さないという見方である。
噴火はいつ、どこから?
富士山がいつ、どこから噴火するのか、という基本的な問いに答えるために、過去の噴火履歴の情報はたいへんに重要である。もしマグマが上がってくる位置が山頂の直下であれば、新たなステージ6への移行が考えられる。 そうではなく、かつて割れ目噴火を起こしたような山麓の下からマグマが上がってくれば、これまでのような山腹噴火が再開されるだろう。この場合には、標高の低い位置に火口が開き、周辺に住む住民や観光客を巻き込むおそれがある。 たとえば1015年に起きた可能性がある山腹の2ヵ所での同時噴火が発生すれば、被害エリアが想定域よりも拡大する可能性がある。国と山梨・静岡両県は現在のところ富士山の同時噴火を想定していないため、防災対策にも影響し、先ごろハザードマップが改訂されたのも記憶に新しい。 将来、マグマが上昇する位置の予測は、地震や傾斜や重力の変化を対象とした地球物理学的な観測情報が役に立つ。つまり噴火履歴を解読する地質学的な長期予知と、現時点の動きを探る地球物理学的な短期予知の両方が必要なのである。この両者を組み合わせることで、「いつ」「どこから」という最も基本的な問いに答えることができる。 先だっての記事で申し上げたように、富士山が噴火する時期を日時まで予測することは、現在の技術では不可能である。しかし、噴火予知の研究成果とハザードマップをもとに、少しでも避難の役に立つ情報を提供できるように、専門家たちのたゆまぬ努力が続いている。
鎌田 浩毅(京都大学名誉教授)