考察『光る君へ』46話 矢を放つ勇猛な隆家(竜星涼)に、あの時の若造の面影はない。まひろ(吉高由里子)「刀伊の入寇」に遭遇、歴史の過渡期を目撃!
刀伊の入寇の始まり
大宰府の市で、乙丸がきぬ(蔵下穂波)への土産を……紅を買い求めている! 夫婦として暮らし始めた頃、きぬに「紅を買うな、これ以上美しくなって他の男の目に留まるのが嫌だ」と言っていた乙丸が。きっと妻が喜ぶだろうと。よかったねえ、きぬ。紅を手にして嬉しそうな乙丸は微笑ましいが、不安も湧く。これ、死亡フラグじゃないですよね? 乙丸が大宰府土産をゲットしたところで、まひろは、親友のさわ(野村麻純)の亡くなった地・松浦(現在の佐賀県唐津市)に向けて出発すると決めた。松浦に向かう船が出る船越の津(現在の福岡県糸島市)まで送ってゆくことにした周明の、まひろにお礼を言われた瞬間のはにかんだ笑み。再会してすぐは成熟した大人同士だったのに、なんだろうな。徐々に高校生みたいな甘酸っぱさが混ざってきてないか。気のせいですか。 そして、船越の津に向け出発したまひろたちと入れ違いに、大宰府に辿り着いた僧侶。 壱岐から来た島分寺の常覚(タイソン大屋)は、突如襲来した異国の賊勢相手に寺に立てこもって応戦した実在の僧侶である。彼の訴えでは、老いた者と幼い者は殺され、他の者は連れ去られ、作物も牛馬も食いつくされたという。彼以外の僧侶は全滅、朝廷の役人である国守も殺された……。 隆家が筑前筑後、豊前肥前の国守に兵を博多に集めるよう指示、朝廷にも急使を出そうとしていたところ、対馬守が大宰府に駆け込んできた。壱岐の前に対馬も襲われていたのだ。 寛仁3年(1019年)。刀伊の入寇の始まりである。 隆家は武者たちを集めた。ここから場面ごとの情報量が凄いことになっている。 軍勢といっても、大河の戦場面でおなじみの旗指物はない。軍旗はこれより150年以上あと、源平合戦で源氏が白旗、平氏が赤旗を掲げてから後の世に普及してゆくからだ。 登場した鎧を列挙してみよう。 隆家や為賢、種材らが身に着けている大鎧、博多警固所の衛兵の身を守る挂甲(けいこう/古墳から出土した埴輪に見られるような)、博多で隆家らに合流する財部弘延(たからべひろのぶ/須田邦裕)、大神守宮(おおがのもりみや/金児憲史)ら土地の豪族ふたりはこれも古風な短甲。双寿丸ら郎党は胴すらつけていない者が多い。 軍事貴族、武士が一大勢力として台頭する前の時代。過渡期の戦装備という描写で、歴史ファン、歴史創作モノのファンとして痺れた。 隆家は、集まった武者たちに鬨の声を上げさせる。 「なんとしても守りぬくのだ! しかしけっして無駄死にをするな。者ども、奮え!」 藤原隆家はこのとき40歳。都では「さがな者(荒くれ者、手に負えない者)」と呼ばれ、あやまちを犯し、家族を失い、なにも守れず都から出た男。その彼は今、民を守るためにこの大宰府で仲間とともに外敵に立ち向かう。 隆家たちが軍勢を引き連れ出向いた博多の警固所は、岡山の鬼ノ城に復元された、古代山城の門を思わせる外観だった。 賊を討ち払った志摩の住人・文屋忠光(守谷日和)によると、100人の民が殺され、400人が連れ去られたという。各地への使者は戻ってこない。他も襲われている可能性もあるが、不明である。実際に人間が動かねば情報も動かない時代ならではの焦燥を感じる。 そして、ついに──。賊の船が博多近くに現れた。しかし、兵はいまだ集まっていない。 隆家「出陣する。小勢でも今我らが討って出て食い止めねば。無辜の民に害が及ぶ」 この一年を通して『光る君へ』では様々な民の苦しみが描かれた。身分差。貧困。疫病。災害。ここにきて、外敵の襲撃。そして、43話では民が幸せに暮らせる世を作るとはどういうことか、政の役割はなんなのかが、道長と実資の間で議論された。 実資「左大臣様(道長)に民の顔など見えておられるのか?」「朝廷の仕事は、何か起きた時にまっとうな判断ができるように構えておくことにございます」 隆家は内裏と都から離れて民と向き合い過ごすうち、凶事が起きたこの時にまっとうな判断をする政治家となったのだった。 平穏な漁村に、海賊がやってくる──。この場面の音楽の不気味なこと。船の軋みのような、怪物のうめき声のようなBGMとともに、見ている我々の前にも初めて異国の賊が現れた。刀伊の入寇で押し寄せた海賊は、主に女真族の一団であったとされる。 平致行(内野謙太)の「為賢たちに知らせましょうか」という言葉で、隆家が矢を放つ!! 鏑矢だ!! 音を響かせて飛ぶことで、戦場では合図として使われる矢。この音で為賢たちに敵が現れたと知らせたのだ。 この時、弓を引き絞り射る隆家の姿はまさに、19話の長徳の変を巻き起こした矢を放つ彼自身との対比だ。もうあの時の、世の中をなめくさった若造はここにはいない。 ここから次々と鏑矢を射かける種材と致行が、まさに平安末期から鎌倉にかけての軍記物絵巻に描かれた武者の姿そのままで、感激して泣きそうになった。 鏑矢の音を合図に為賢たちが浜に押し寄せ、賊との戦闘になる。馬上から弓を射る騎射戦が主流となる平安末期から鎌倉時代よりも前の時代なので、弓を射る武者と陸から船に向かい射る郎党、槍や棍棒を手に戦う者たちがいる。鎌倉時代から南北朝にかけての合戦では廃れていった盾を持つ者もいる。賊が手にしているのは大陸で主流の武器・柳葉刀。賊の船からは弩(おおゆみ)による攻撃もある。 この合戦も、鎧と同じく「過渡期」を描いた場面だった。
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