考察『光る君へ』46話 矢を放つ勇猛な隆家(竜星涼)に、あの時の若造の面影はない。まひろ(吉高由里子)「刀伊の入寇」に遭遇、歴史の過渡期を目撃!
そんなものを待ってはおられぬ!
賊をいったんは押し返した隆家たちのもとに、地元の豪族・財部弘延と大神守宮が合流した。いかにも屈強そうだ。 隆家「これ以上攻めてこられぬようにするには、こちらから撃って出て追い払わねばならぬ。それには戦船が要るな」 弘延「主船司に行って、船をかき集めましょう」 致行「それには朝廷のご許可がいるような……」 種材「そんなものを待ってはおられぬ!」 主船司とは、軍事防衛機関に当たる兵部省に属した船を管理する機関である。朝廷に「戦船を使いたいのです」という使者を出す→陣定で議論する→その可否を持って使者が大宰府に戻ってくる、この許可を求める手続きに時間がかかる。種材の言うとおり、それは待っていられない。実際、壱岐が襲われたと知った隆家が都に送った最初の報せが都に届いたのは、使者が大宰府を出てから10日後だったと『小右記』にある。 敵は目の前に迫っている。いや既に九州の島々と沿岸の村は襲われ、こうしている間にも被害が広がっているかもしれないのだ。 ここで助高が「菅原道真公の御霊のお力も借りてはいかがでしょうか」と提案し、祈祷を行うことになる。現在、福岡県糸島市にある生松天神社の主祭神は菅原道真公であり、刀伊の入寇の折に祈祷をしたという由緒が残るそうだ。 46話はこんな具合で、一場面に盛り込まれた情報量が多い……!
書くことはどこででもできる
船越に向かう旅路に泊まったあばら家で、まひろが周明に本心を打ち明ける。 「あの人(道長)は私に書くことを与えてくれたの。書いたものが大勢の人に読まれる喜びを与えてくれた。私が私であることの意味を与えてくれたのよ」 「これ以上あの人のために私ができることはないし、都に私の居場所はないの」「私はもう終わってしまったの……終わってしまったのに、それが認められないの」 道長に依頼されて書いた『源氏の物語』は一条帝(塩野瑛久)を彰子(見上愛)のもとに通わせる本来の役割を果たした。さらには宮中を席巻し大ベストセラーになった。しかし、その後は……。一条帝が亡くなり、華やかな朗読の会もなくなり、道長には「まだ書いておるのか」と言われる……まひろは「光る君の物語」を書きたいから書いていたにせよ、これまでの環境の変化、道長の言葉は少しずつ作家としての彼女の心を削っていたのか。 周明「お前がこれまでやってきたことを書き残すのはどうだ?」「松浦にまで行きたいと思った友のこととか、親兄弟のこととか。なんでもよいではないか」 『源氏物語』以外に、紫式部が執筆した作品は『紫式部日記』『紫式部集』がある。『紫式部日記』はこのドラマでは36話で、道長からの「彰子の出産を記録してほしい」という依頼に応えて書いたものだった。『紫式部集』は少女時代から晩年までの和歌の自選集だが、友人、夫、身の周りの人々と交わした贈答歌が中心となっているので、紫式部の人となりだけでなく辿った人生と人間関係を掴むことができる作品となっている。また『紫式部日記』も、冒頭はドラマで道長が依頼したとおり中宮の出産記録であるものの、途中から同僚の女房達の紹介であったりちょっとした悪口だったり、清少納言ら他の才女たちの批評や家族の思い出話など、エッセイ風の文章が綴られる。歴史の証人としての記録形式から消息体、手紙文体へと変わるのだ。その理由については説が分かれていて、はっきりとはわかっていない。 それをこのドラマでは、紫式部が生きた人間としての香りがする文章を書く、そしてこれまでの和歌をまとめるきっかけを、架空の人物である周明との会話に持ってくるとは。面白い! そしてこの46話は松下洸平がねえ!! うまいのですよ。元カレ(ではないが)は再会した女相手に「なんだかいけそうな気がする」「ワンチャンあるのでは」というギラついた気配を醸し出してはアウトである。若い頃ならばいざ知らず、年を重ねた女はただでさえ(もうそういうの、めんどくさい)と思いがちだ。 あくまでも、お前が幸せならばよかった、でももし不幸せなら俺になにかできることはないか? というくらいの距離感で「俺がこうしたい」ではなく「お前がそうしたいなら」と相手を尊重するのがよいのだ。だからこそ周明は、 「書くことはどこででもできる。都でなくとも」 「俺のそばでも」の一言を飲み込むのだ。こうした男だったら、女は「この人とならもう一度」と考えられるのではないだろうか。45話の御簾を下ろして「いかないでくれ」と手を握ってきた道長、その手を引き剥がしたまひろを思い出してしまう。ドンマイだよ、太閤様……。 未来のことを語り合うが、自分たちが向かっている船越の津に賊が上陸するかもしれないことを、まひろたちは知る由もない。
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