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コロナ禍のいま、清志郎さんを思う デビュー50周年を迎えて【前編】

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THE PAGE

 2020年は、1970年に「宝くじは買わない」(RCサクセション)でデビューした忌野清志郎さんにとってデビュー50周年にあたります。先月はRCサクセションのオールタイム・シングルコレクション、6月にはソロシングルのコレクションがリリースされ、5月2日には名言を集めた「使ってはいけない言葉」も発売予定。新型コロナウイルスで世界中が震撼させられているいま、もし清志郎さんが健在だったらどんなメッセージを発信したでしょうか。清志郎さんが他界して約2年後の2011年、東日本大震災が発生してまもなく、当時筆者が編集長を務めた媒体で清志郎ファンを集めて座談会を行いました。ここに再掲という形でお届けします。 タクオ:小林タクオ 大阪ロフトプラスワンウエスト店長(当時は新宿ネイキッドロフト副店長) 呑太夫:上地呑太夫 清志郎ファン歴40年 虎男:ジャーナリスト 木田村:旦那さんも清志郎ファンという主婦 良子:ライター 志和:写真家、ライター、編集者(当時はモバイルサイト編集長)

おちゃらけた部分や反骨精神あるが庶民的で繊細なところも

― まずは清志郎さんを知ったきっかけについてお願いします。 タクオ 新宿のネイキッドロフトで副店長をやっています。小学校のとき「天才!たけしの元気が出るテレビ」(日本テレビ系)に出て「元気が出る音頭」を歌っているのを見て気になりだし、中3のときRCサクセションのベストを聴いてハマりました。 呑太夫 タクオ君のイベントでDJやらせてもらってます。80年代から本格的にハマりだし、中学のとき「い・け・な・いルージュマジック」が心に響いて。地方にいたんですがライブにも定期的に行くようになりました。 木田村 20代のときカラオケで友達が「スローバラード」を歌って、市営グランドの駐車場で二人で毛布にくるまってって歌詞が、自分も似たような経験があってすごく印象的で。清志郎さん、庶民的で繊細なところもあって惹かれました。 虎男 僕が物心ついたときにはRCは活動しておらず、清志郎さんの歌を初めて知ったのはCMソングだったザ・タイマーズの「デイ・ドリーム・ビリーバー」。それから、篠原涼子との「パーティーをぬけだそう!」でキスしたのが衝撃的で。 志和 高校生の頃、洋楽しか聴いてなかったんですけどクラスに熱心な清志郎ファンがいて学園祭でコピーバンドやってて、当時私はミニコミの編集長をしていて彼に音楽の記事を連載してもらっていたんです。授業中おとなしいのに、ステージでは清志郎が乗り移ったように人が変わる。ここまで人の魂を乗っ取っちゃう人ってどんな人なんだろうと。 良子 独身時代に夫とデートしたとき、RCの渋谷公会堂のコンサートに連れられて行ったのが最初の出会いです。「トランジスタ・ラジオ」の世界観とかいいな~って。

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