3000人以上のミュージシャンと仕事をした音楽家が断言する…日本で最も優れた男性歌手の名前
武部聡志さんは、日本の音楽シーンを50年近く支えてきたレジェンドのひとりだ。 音楽監督、作曲家、編曲家、プロデューサー……。さまざまな立場で仕事を共にしてきたミュージシャンの数は、実に3000人。日本で一番多くの歌い手と共演した音楽家とも言われている。 【写真】輝き続ける斉藤由貴の特別撮り下ろし なかでもユーミンこと、松任谷由実との関係は深く、コンサートの音楽監督を任されて40年以上が経つ。ほかにも、携わったアーティストの顔ぶれは華やかだ。アレンジャーとしては松田聖子や斉藤由貴、薬師丸ひろ子の曲を、プロデューサーとしては一青窈や平井堅、今井美樹の曲を手がけている。 『ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか』を11月に上梓した武部さんに、日本の優れた歌い手たちの魅力を解説してもらった。
日本で最も優れた男性ボーカリスト
──数多のアーティストと一緒に仕事をしてきた武部さんにぜひ伺いたいんですが、日本で最も優れた男性ボーカリストは誰だと思いますか? それは間違いなく、玉置浩二でしょうね。私の独断と偏見も大いにあるかもしれませんが、音楽業界にいる多くの人間が同意してくれるじゃないかと思います。玉置ほどの歌い手はその後も出てきていません。 ――安全地帯のデビューは1982年ですよね。最初に会ったのはいつですか? まだ安全地帯が井上陽水さんのバックバンドをやっていた頃から彼の存在は知っていましたが、初めて一緒に仕事をしたのは、小林麻美さんが1984年8月に発表した『哀しみのスパイ』のときですね。作詞はユーミン(松任谷由実)、作曲は玉置だったんですよ。 で、僕はアレンジを担当して。安全地帯が『ワインレッドの心』を発表したのが1983年11月なので、ちょうどヒットするかしないかの時期に会ったんだと思います。
曲づくりの段階で歌詞が浮かんでいる
──その頃から玉置さんの才能は抜きん出ていた、と。 まず、彼はピッチ(音程)がとてつもなく正確で、しかも動物的な瞬発力も兼ね備えています。『哀しみのスパイ』の歌入れのとき、玉置にも急遽コーラスを付けてもらったんですよ。いや驚きましたね。 「次は三度上のハーモニーで」「今度は三度下で」と細かく指示を出しても、彼は即座に応じてしまう。コーラス入れがたったの30分で終わってしまいました。おそらく彼はそんなに深くは考えていない。感覚的にパーフェクトなものをすぐ出せるんでしょう。 『ワインレッドの心』もまさに玉置にしか歌いこなせない曲ですよね。メロディーが低音から高音へと一気に上がる〈今以上 それ以上 愛されるのに〉というサビ部分は、普通の歌い手なら多少なりともブレるものですが、彼はそれが一切ない。 〈あんなにも 好きだった〉と始まる『メロディー』も強弱の使い分けが絶妙でしょう?歌い出しのAメロは玉置が囁くように、しかも正確に歌うからこそ聴き手は曲の世界に引き込まれるわけです。でも普通はピアニッシモで歌うとピッチがぶれやすい。 あるいはピッチを合わせようとして歌が強くなる。玉置はここをギリギリまで抑えて、サビの〈メロディー 泣きながら〉で一気に声を張ります。 ただ、玉置が本当にすごいのは、こうしたテクニカルな部分に裏打ちされた圧倒的な感情表現なんです。あるときは柔らかく、ときにパワフルに。表現の機微が天才的で、単純にピッチや声がいいといった次元を超えて、歌が聴き手の心に迫ってくる。 ――デビュー当時から玉置さんとタッグを組んできた作詞家の松井五郎さんは、「玉置のメロディーが言葉を呼んでいる」と唸ったそうですね。 歌詞をつけるというより、玉置が作ったメロディの中から彼が歌いたい言葉を探している作業に近い、とも言っていました。玉置が作曲したV6の『愛なんだ』のデモテープを聴いたとき、松本さんは「サビは〈愛なんだ〉以外の言葉が思い浮かばなかった」らしいです。 おそらくですが、すでに曲作りの段階で彼の頭にはぼんやりと歌詞が浮かんでいるような気がします。 ――ちなみに、普段の玉置さんはどんな感じなんですか? やっぱり、ちょっとぶっ飛んでいるところはありますよ。 すごく純粋で、まっすぐで。「玉置ならしょうがないか」ってなんだか納得しちゃうんですよね。 アーティストってただのいい人じゃダメなんですよ。もちろん年を取るにつれて丸くなっていくかもしれませんが、どこか尖ったところ、エキセントリックなところがないと。あるいは、絶対に譲れないものとか。 そういった人とは違う感性が魅力になり得る職業ですから。 ヘアメイク/下田英里 カメラマン/西崎進也
現代ビジネス編集部