異例の学術書「VTuber学」編著・岡本健さんインタビュー 歴史・哲学・ビジネス…研究することで見えてくるもの
アバターの向こうには人間がいる
――VTuberは岡本さんご専門の観光学に通じるものですか? そうですね。観光というのは、基本的には差異の産業なんです。要するに観光目的地は、旅行者が日常を過ごしている場所と何かが違うから魅力を感じる。だからお金や時間を使ってそこに行こうとする。人を惹きつける差異というのは、結局は何らかの創造性(クリエイティビティ)です。そういうところからも、実は観光学的な関心に非常に近いんです。 ――本書内でご自身のVTuber活動を「フィールドワーク」と表現されていたのが印象に残りました。 観光学で通常、観光と言えば、物理的な空間を身体的に移動する行為が欠かせません。現状の観光産業は、それによって利益を得る産業です。つまり、飛行機、航空機、鉄道、バスなどの交通を利用して、人やものが物理的に移動することによってお金が稼げるわけです。ただ、私がアニメの聖地巡礼を調べてわかったのは、観光行動においては物理的な空間の移動だけではなくて、精神的な移動が重要になることでした。 VTuberはまさにそういうものなんですよ。実際にその場所に行くわけではないんですが、あるVTuberのチャンネルをよく見るということは精神的な移動だととらえることが可能です。その人が繰り出す言葉や映像などに惹かれて、そこに集い、体験する。そうした情報空間や虚構的な世界というのも、観光に含めて考えていくべきだと考えています。 ――VTuberを見つめることで、どのようなことがわかってくるでしょうか? 私は、創造性(クリエイティビティ)や想像性(イマジネーション)に関心を持っていますが、他には情報社会に生きる人間のあり方の特徴が明らかにできると思っています。やはりVTuberは人間がやっているものなので、ある種の問題も見えてきます。 例えば活動していく上で、VTuberとしてのキャラクターが評価されると、現実世界の自分がちょっと取り残されてしまうような感じを抱いてしまうことがあるそうです。あるいは、ファンとVTuberやVTuber同士、ファン同士がトラブルになることも当然あるわけです。非常に人間的な世界です。 アバターの向こうには人間がいる。みんなそれを知りながら、VTuberという実践をどうやっていけば面白くなるだろうかと考えながら、日々活動している。そういう人間の頑張りが見えるというのが、一つの魅力だと思っています。 お話を聞いた人 岡本健(おかもと・たけし) 1983年奈良県生まれ。近畿大学総合社会学部/情報学研究所教授。VTuber「ゾンビ先生」の中の人でもある。2012年3月に北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院観光創造専攻を修了。博士(観光学)。著書に『ゾンビ学』(2017年、人文書院)、『アニメ聖地巡礼の観光社会学』(2018年、法律文化社)などがある。
朝日新聞社(好書好日)