鴻巣友季子の文学潮流(第21回) 英語圏で続く日本語文学ブーム、若い世代が支持
英国ではヨーロッパの主要4言語を抑えて1位に
先月11月にはイギリスの新聞「ガーディアン」が日本語文学ブームについて取りあげ、同国の翻訳書の年間売り上げトップ40のうち43%が日本語文学だと報じて、日本でもそれなりに反響があったようだ。とはいえ、この現象はすでに2022年頃にはニールセンの調査によって注目されはじめていた。 2023年の半ばには「ガーディアン」が「若者世代を虜にする翻訳文学のパワー」といった特集を組んだものだ。そこで明らかになったことの一つが、日本語文学のセールスがかなり好調なこと(なんと、ヨーロッパの主要4言語を抑えて1位)。2022年のイギリスでは翻訳文学の売上げ部数は合計で190万部、そのうちトップ30の半数ほどが日本語作家による本だった。川上未映子を含む3名は3冊以上の本をランクインさせたらしい。 もう一つは、イギリスでは若い人ほど外国からの翻訳小説を好むということ。国内市場で翻訳小説の最大購買層は25歳から34歳というミレニアル世代からZ世代の層(全体の25%)だという。小説全体では、定年後の余暇のある世代が最大多数なのに、翻訳小説だけで見ると、引退後の層はたった8%。翻訳小説全体で見れば、13歳から34歳の購入者が48.2%を占める。つまり、翻訳小説の半分近くは35歳未満が買って読んでいるのだ。しかも、その数は年々増えている。 これは日本と正反対の傾向だ。日本では翻訳文学(外国文学)は1990年代までは大変よく売れ、『フォレスト・ガンプ 一期一会』『マディソン郡の橋』『ワイルド・スワン』などのミリオンセラーが連発したが、現在の主力購買層は40代以降ではないだろうか。若者の外国文学離れが言われて久しい。
柚木麻子さんの初英訳書が好評
そんなイギリスで今年、初めての英訳書『BUTTER』(ポリー・バートン訳、4th Estate)が刊行され、英語圏で話題沸騰しているのが柚木麻子だ。この英訳書は私の知るかぎり、イギリスのほか、アイルランド、アメリカ東部、インドでも書店にどんと積まれていた。秋に実施された全英オーサーズツアーも成功を収めた模様。イギリスで最も伝統ある文芸祭「チェルトナム文芸フェスティバル」に登壇し、オックスフォード大学はじめ各大学や書店で講演したという。 オーサーズ・ツアーとは、著書のPRのために作者自らが各地をまわって講演、朗読会、サイン会などを行う活動だ。英米では組織的に計画され、カズオ・イシグロは作品の執筆と同じぐらい大切にしていると述べている。 『BUTTER』にかんしては、BBC放送で人気のブッククラブ番組に柚木本人が出演し、イギリス最大級の書店チェーン<ウォーターストーンズ>の「ブック・オブ・ジ・イヤー」に選ばれ、英国書店協会の「ブレイクスルー・オーサー賞」を受賞するなどの話題ぶりだ。村田沙耶香のブレイクを髣髴とさせる。 また、大ベテランでは小川洋子の評価もますます上がっているのを感じる。これまでにも『密やかな結晶』の英訳『Memory Police』(スティーヴン・スナイダー訳)が国際ブッカー賞、全米図書賞の最終候補になっているが、今年『ミーナの行進』の英訳『Mina’s Matchbox』(同訳)が今年刊行されて好評を博しており、アメリカのタイム誌が選ぶ「2024年の必読書」の1冊にも選ばれた。 ニューヨークタイムズの書評では、ノーベル文学賞を受賞した詩人ルイーズ・グリュックの言葉を引きながらこう評した。 「私たちは子どものころ一度だけこの世界を見る。残りはその記憶なのだ」とルイーズ・グリュックは1996年の詩「ノストス」に書いた。その記憶が刻みつける予言的な光のきらめきは消えやらず、小川はそれをとらえる。読者は初めてマッチを擦ったあの瞬間、これから火を灯す未来は自分の手にあると感じられたあの瞬間に舞い戻ることができるのだ。