紗倉まなが「圧倒的な影響」を受けた…「意外な女性」の存在
作家・女優として幅広く活躍する、紗倉まなさんの最新小説『うつせみ』が刊行されました。 【写真】ピンクのドレスを身につけた紗倉まなさん 美容整形をくり返す79歳のばあちゃん…という、衝撃的な場面から始まる本書。物語はその孫娘であり、グラビアアイドルを仕事とする主人公の視点から描かれていきます。 「見た目の美しさ」に翻弄される彼女たちの物語は、SNSなどで誰もが他者から見られ、外見をジャッジされる立場になりうる現在、リアルに切実に感じられるのではないでしょうか? 本書の刊行を機に、著者の紗倉さんが執筆の意外な舞台裏を明かす特別エッセイを公開します。(「群像」2024年1月号「本の名刺」より転載)
「見た目」にこだわり続けた祖母
これまでずっと、ばあちゃんのことが苦手だった。それなのに『うつせみ』でばあちゃんの話を(もちろん架空の話ではあるものの)書いてしまった。 ばあちゃんは金髪で、じゃらじゃらとしたアクセサリーを耳と首につけ、外に一歩も出ない日でもきちんとメイクをし、観音開きの洗面所収納にはずらりとシャネルのマニキュアを並べ、ベンツの車を乗り回していた。いつまでも女でいたい、という信念を貫き、天蓋付きのベッドにかけられた紫色のサテン生地のシーツからは、夜の匂いが漂っていた。亡くなった祖父をいつまでも思い続けながらも恋人は絶えず、そのベッドの上に私が乗れば、神聖な領域に入り込んだとみなされ、罵声と共に追い払われた。ばあちゃんの中にある「女性」という像にはこだわりと決まりがあって、それがとてもわかりやすく象徴されるのが、見た目と恋愛だった。 他者からの視線を気にすることと身だしなみに余念がない様に、いつも私は圧倒されていた。ばあちゃんは見た目通り(というのが適切かはわからないけれど)私に向けて発する言葉にはいつもどこか棘があった。 16年前、両親が離婚したタイミングで、ばあちゃんの家に、私は母と一緒に数ヵ月間だけ住まわせてもらっていた。私は中学3年生。2階の和室は引き戸を開けると、ばあちゃんの天蓋付きのベッドのある寝室につながっていた。引き戸によって遮られた私の世界に、ばあちゃんはやたらと干渉してきた。私が男の子の友人を連れて一緒に夏休みの宿題をしていると、ものすごい勢いで階段を上がる足音が聞こえ、乱暴に襖が開けられ、友人は首根っこを摑まれて帰らされた。呆然と、連れ去られていく友人の後ろ姿を見送りながら「なんで」と私が発すると、ばあちゃんは「売女」と私に向けて、あまりにも透き通った声でそう吐き捨てた。ばいた、と脳内で即座に本来の文字に変換されることはなく、ネットでその意味を調べ、衝撃だった。私が女になるにつれ、ばあちゃんは何かを恐れるようになった。不思議だと思う反面、そりゃそうかと今は納得できる。3人の娘を産み落としたばあちゃんがその子どもたちへ向ける眼差しは、私に向けるものと同じ温度をもっていた。 そしてばあちゃんが持つその痛々しいまでのたくましさを、「女であること」にやけにこだわるということを、ばあちゃんを別の人間の身に移して『うつせみ』に書きたいと思ったのだった。