自転車で巡った能登半島 "復旧"すらままならない現地のリアル
「お仕事で何ヵ月かごとに泊まりに来られるお客さまが言った『来るたびに、どこも変わってませんね』ってひと言が、すごく頭に残っています」 ■朝市は不滅 輪島といえば、奈良時代に起源を持つ、伝統の朝市だ。元日の地震で火災に見舞われ、朝市通りの一帯は焼失してしまったが、露店がすべて失われたわけではない。7月10日から市内のショッピングモール「パワーシティ輪島ワイプラザ」で毎日「出張朝市」が行なわれている。 朝市は本来、露店でやるもの。それをスーパーの館内に間借りしてやっているので、「クーラーが効いてて楽よ」と出店者は笑う。 輪島塗の器やブローチなどの品を並べる竹原多鶴(たづる)さんは「朝市が燃えた」という、メディアが使いがちな表現について、こう指摘する。 「朝市っていうのは、露店を指すんです。焼けた場所自体は本町(ほんまち)商店街で。だからホントは『朝市が売り場を失った』というほうが正しいと思う」 朝市自体はどこでも生まれ変われる。ただ、かつての姿は戻らないかもしれない。 「以前は細い路地がたくさんあって、風情を感じられたけど、次の建物が建つときは、都市計画で区画整理して、4mの道路を通すみたいだから、今までどおりの形にはならないと思う」(竹原さん) ■「地震のときよりもひどい」 輪島市内に事務所を構える木戸瓦商会の木戸雅彦さんは47歳で、妻とふたりの子供と4人暮らし。震災後は金沢市内に避難し、そこから輪島市内まで通って仕事を続けていたが、妻の仕事も再開し、仮設住宅に入れることになったので輪島に戻ったそうだ。瓦業者から見た街の状況を尋ねた。 「ブルーシートで屋根を覆う応急修理が終わった段階から、直しのフェーズに入った気はしてます。残る人は残るし、出ていく人は出ていく。残る人のためには、直すしかないじゃないですか。そうしないと先に進めないから」 取材中も仲間への冗談を織り交ぜる、ムードメーカー的な気配りを持つ人だ。そんな木戸さんが静かに怒りをあらわにしたのは、筆者が「復興」の一語を口にしたときだった。