自転車で巡った能登半島 "復旧"すらままならない現地のリアル
「まだ復興って段階じゃないでしょ? だって住みたくても、家が直せないから帰ってこられない人がいるわけで。まだここは、ほかの大地震の1ヵ月後みたいな状態ですよ。 なのに、全国ネットのテレビ局はそのことを報道しない。むしろもう復興しちゃったみたいな雰囲気を出してるじゃないですか。祭りが開催されたとか、学校が再開しましたとか。 地元から言わせてもらうとふざけるな、です。"復旧"すらしてないのに、"復興"のフェーズに入れるかと。 まずは道路を直せと言いたくなりますよ。こんなくちゃくちゃな道を、小学生が通ってるんです。子供を連れて帰ってきたの間違ったかな、と考えてるくらいです」 どんな形の復興になるにせよ、解体撤去だけは絶対に行なわねばならない。 * 能登半島を観測史上最大規模ともいわれる豪雨が襲ったのは、9月21日から22日にかけてのことだった。 「うちは幸い被害はありませんでしたが、道がふさがってしまい、22日の昼まで輪島の外に出られませんでした。 災害ゴミの回収は止まっちゃってますし、ほとんどの川が氾濫して、洪水に遭った地区は泥に漬かって大変みたいです」(前出・松村さん) 出張朝市が行なわれていたパワーシティ輪島ワイプラザも被害を受けたが、23日には13時から17時までの時短営業ながら再開した。だが、朝市に出店している竹原さんは嘆く。 「うちは高台にあるので、一時的に道がふさがって孤立しかけた程度で済みましたけど......露店の人たちはね、被災された方も多いじゃないですか。 せっかく仮設住宅に移ってこれからだっていうときにこの水害で、何もかも水に漬かって。地震のときよりひどいくらいです」 半島の端、という地理的条件を理由に、奥能登の状況を例外視して、自分事から遠ざける思考はたやすい。しかし、これから大災害が起こるたび奥能登と同様の事態が日本の地方で生じるだろう。傷だらけの半島をつなぎ留めておけるか。能登の被災は日本を試している。 取材・文・撮影/前川仁之