『陪審員2番』SNS私刑時代にクリント・イーストウッドが正義を問う
『陪審員2番』あらすじ
ジャスティン・ケンプは、身重の妻と慎ましく暮らすタウン誌の記者。ある日、彼のもとに陪審員召喚状が届く。担当するのは恋人をケンカの末に殺した男の裁判。容疑に疑いの余地はなく、数時間で評決に至る簡単な審理だと思われたが…。
世界各国で配信リリース、なぜ不遇に
2024年11月1日、俳優・映画監督として長年のキャリアを誇るクリント・イーストウッドの監督作『陪審員2番』が北米でひっそりと劇場公開された。1930年生まれ、94歳のイーストウッドにとって引退作ともいわれる一本ながら、上映館数はわずか35館。製作・配給のワーナー・ブラザースは宣伝活動を最小限に抑えたうえ、興行収入などの情報も一切発表しないという、大手スタジオ作品としては異例の事態となった。 もっとも、批評家や観客の評価はすこぶる高く、大手レビューサイト「Rotten Tomatoes」では批評家スコア93%・観客スコア91%を記録(2025年1月2日現在)。早くから「イーストウッド最高傑作」とも呼ばれたが、残念ながら日本を含む多くのマーケットでは劇場公開が断念され、配信でのリリースとなっている(イーストウッド・ファンの多い日本では劇場公開を求める署名活動も実施された)。 なぜ、『陪審員2番』がこのような不遇を受けることになったのか。映画本編のレビューに入る前に、この作品をめぐる状況を記録しておきたい。 まず、ワーナーが劇場公開を見送ったことには複数の理由が考えられる。ひとつは、新型コロナウイルス禍のあと、ハリウッドでは人気シリーズ(フランチャイズ)映画やキャラクター作品の需要が高まり、一部の作品が爆発的にヒットする一方、大人向けのドラマ映画やコメディ作品に観客が集まらなくなったこと。スタジオ各社はそうした作品に対する救済策として、配信リリースを選ぶようになっていた。 そして最大の理由と目されるのは、親会社のワーナー・ブラザース・ディスカバリーが、2022年の事業統合以来400億ドル以上の負債を抱えていることだ。コストカットのため、DC映画『バットガール(原題)』や『コヨーテvs.アクメ(原題)』は(ほぼ完成していたにもかかわらず)お蔵入りとなり、ケヴィン・コスナー主演・監督の西部劇映画『ホライズン:アン・アメリカン・サーガ(原題)』も、2024年6月公開の第1作が興行的に失敗したために8月に計画されていた第2作の劇場公開が中止された。 2024年、ワーナーは目玉作品である『マッドマックス:フュリオサ』と『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』も大ヒットに導くことができなかった。イーストウッドの前作『クライ・マッチョ』(21)が不振だったこともあり、ワーナーは自社と業界の状況を鑑みて『陪審員2番』を真っ先に整理の対象としたのかもしれない。2023年には全米脚本家組合・全米映画俳優組合のWストライキがあり、映画・ドラマの製作がストップするなど、大きな影響が懸念されていたのだ。 とにかく、すべてのタイミングが悪かった。ハリウッドの映画興行が持ち直しつつあり、大人向け映画も少しずつ劇場に戻りつつある今、『陪審員2番』の製作と完成があと一年遅ければ、ワーナーは本作を劇場公開する決断を下していたかもしれないのだ。 あくまで、それは現実にならなかった“ひとつの可能性”にすぎない。しかし、そんな想像をめぐらせてしまうほど、『陪審員2番』は本質的なクリント・イーストウッド映画であり、本来ならば2024年を代表してしかるべき一本だったのだ。