アナウンサーを25年続けて気づいた「聞き出し上手な人の一つの特徴」
心に少しだけお邪魔をすれば、「ここだけの話」をしてくれる
リポーターや記者でなければ、なかなか他人の家に上がり込んで話を聞くことはないかもしれません。でも、「相手の心に上がり込む」ことならできるのではないでしょうか。 「相手の心に上がり込む」なんて失礼ではないか、と思う人もいるでしょう。相手の目線になることを意識して、役に立てることを探しているうちに、相手は心の扉を開いてくれるのです。そのときに、少しだけお邪魔するという気持ちでもいいと思います。 これができれば、相手は「ここだけの話」をしてくれます。「どうせ理解してもらえないから、一般的なことを言っておこう」ではなくて、「あなたにならわかってもらえそうだから、話します」という気持ちになってくれます。 2014年、強盗殺人などの容疑で死刑判決を受けていた元プロボクサーの袴田巌さんが釈放されるというニュースがありました。1966年に静岡県清水市(現・静岡市清水区)にある味噌製造会社の専務の家が放火で全焼し、一家4人が亡くなった事件で袴田さんは逮捕され、裁判が続いていたのです(袴田事件)。 袴田さんは無実を主張し続け、逮捕から48年の時を経て、釈放されるに至りました。いったいどんな気持ちでしょうか。捜査機関が証拠をねつ造するなどして逮捕され、死刑の恐怖もありながら裁判で戦い続けて50年近くも経っているのです。 いくら想像しようとしても、同じ立場に立つことはできません。でも、いまの袴田さんにできるだけ寄り添って「役に立てることはないだろうか」と考えることはできます。 袴田さんを信じてずっと支えてきたお姉さんの秀子さんが、静岡から東京拘置所に接見に行く日、秀子さんが東京へ行く新幹線の中で、私はインタビューさせていただきました。ちょうどお昼の時間だったのでお弁当を買って、食べてもらってからインタビューに答えていただけるよう準備しました。 そして、東京駅に着いてからの予定を聞きました。役に立てることはないか知りたかったからです。秀子さんは、東京駅から東京拘置所までどうやって行くかまだわからないと言います。私は車を手配しま した。袴田さんに接見後、議員会館へ行って陳情する予定もあるそうなので、「一日貸し切りで私たちの車を使ってくださいね」と伝えました。 秀子さんが東京拘置所の袴田さんに接見している間、私は駐車場の車の中で待っていました。車を使ってもらうために待っていたのです。私は会社の車を用意してもらうよう頼み、その車が到着するまで待っているという状態でした。 突然、袴田さんの弁護士さんから電話がありました。 「富川さん、いますぐ車を拘置所につけられますか?実は、たったいま仮出所できることになりました。袴田さんと秀子さんが一緒にホテルまで移動したいのですが」 驚きました。予想していなかった展開です。 「まだ代車が到着していないんです。私とカメラマンの二人が乗っているいまの車でもかまいませんか?」 そして、私が乗っている車に、約50年ぶりに釈放された袴田さんが乗って一緒に移動することになったのです。塀の外に出た袴田さんが、車に乗り込み移動する様子はあらゆる局で報道されましたが、その車には私が乗っていたというわけです。周りからフラッシュが焚たかれる中、私は映らないように後部座席に体をかがめて隠れていました。 袴田さんと秀子さんの宿泊先を探して押さえ、お連れしたのですが、途中、袴田さんが車酔いをしてしまったり、トイレに行きたくなったりしたとき、私がエスコートするかたちになりました。 「内側から戸を閉めて鍵をかけてください。私は外で待っていますからね」「ここに手をかざすと、水が流れるんですよ」などと言いながらついていました(拘置所のトイレには扉がついていないので、扉を閉めて用を足すという感覚がなかったのだと思われます)。 私たちの車は、記者たちに追いかけられていました。ヘリもバイクも追いかけてくる中、袴田さんが少しでもほっとできるように、私にできることを探してやるのみです。私は報道する側の人間ですが、袴田さんの気持ちを考えたら、いまは少しそっとしてあげてほしいと思ってしまいます。 「ケーキが食べたい」という袴田さんに、ケーキも用意しました。もう遅い時間で、あちこち電話しても見つからなかったため、「いまはコンビニのケーキっておいしいんですよ」と言って、コンビニで買いました。 ホテルに伝えると、ホテルでもケーキを用意してくれたので、その日のホテルのテーブルは華やかになりました。 テレビ朝日に「袴田さんをホテルにお連れしました」と報告すると、「ホテルでの様子を撮れないか」と言われました。「仮出所後、初めて布団で寝るところを撮ってほしい」と。私は、さすがにそれは......と思いつつも、袴田さんと秀子さんに聞いてみました。すると、「富川さんだけならいいですよ」。私だけが部屋に入り、デジカメで撮影することを許してくれました。 私はスクープを狙っていたわけではないのですが、結果的に独占取材、スクープとなったのです。これも、相手の目線になって、そのとき役に立てることを探しているうちに、相手の心に上がり込むことができた例だと思います。