日本が「貧乏国」になり、「自分を正当化する人」が増えてしまった「厳しい現実」
根性論を押しつける、相手を見下す、責任をなすりつける、足を引っ張る、人によって態度を変える、自己保身しか頭にない……どの職場にも必ずいるかれらはいったい何を考えているのか。5万部突破ベストセラー『職場を腐らせる人たち』では、これまで7000人以上診察してきた精神科医が豊富な臨床例から明かす。 【写真】知ったら全員驚愕…職場をダメにする人の「ヤバい実態」
渦巻く不満と怒り
誰もが不満と怒りを募らせているのが現在の日本社会である。なかには、強い被害者意識を抱いている人も少なくないが、その背景には、わが国が「貧乏国」になったことがあるように見える。実際、バブル崩壊から約30年間ほぼゼロ成長が続いた結果、中間層の所得が大幅に落ち込んでいる。 中間層の定義はさまざまだが、日本の全世帯の所得分布の真ん中である中央値の前後、全体の約6割から7割にあたる層を所得中間層とした場合、「2022年7月に内閣府が発表したデータでは、1994年に505万円だった中央値が2019年には374万円。25年間で実に約130万円も減っているのだ」(『中流危機』)。かつてほど中間層が稼げなくなっていることがわかるが、これは「企業が稼げなくなると、賃金が上がらず、消費が落ち込む。すると企業はさらに稼げなくなり、賃金も一層上がらない」という"負のスパイラル"が長年続いてきたせいだろう(同書)。 この"負のスパイラル"による日本の衰退は、最近になって突然始まったわけではなく、「20年、30年の期間にわたって進行してきたものだ」。その基本的な原因は、「高度成長という成功体験のために経済・社会構造が固定化し、それを変えることができなかった」ことにある(『プア・ジャパン―気がつけば「貧困大国」』)。根本的な原因が日本社会の基本的な構造にある以上、問題の解決は一朝一夕にはできない。 おまけに、2020年からコロナ禍に見舞われ、休業や失業に直面した従業員もいたし、廃業や倒産に追い込まれた事業所もある。収入が激減した人も少なくないはずだ。コロナ禍からやっと抜け出せるかと思ったら、今度はロシアのウクライナ侵攻と円安の影響で、電気代やガス代、ガソリン代や食料品代などが高騰し、物価高によって実質所得が下がる事態になった。 こういう状況では、喪失不安が強まるのも、不満と怒りが渦巻くのも当然だろう。怒りは、排泄物と同じで、どこかで出さないと腹の中にどんどん溜まっていき、心身の不調につながることもある。しかも、古代ローマの哲学者、セネカが指摘したように「怒りが楽しむのは他人の苦しみ」であり、「怒りは不幸にするのを欲する」(『怒りについて 他二篇』)。 だから、胸中に怒りが渦巻いているほど、「他人の苦しみ」を見たくてたまらず、あの手この手で他人を引きずりおろそうとする。もっとも、わかりやすい形でやると、恨まれるかもしれないし仕返しされるかもしれない。そこで、自己保身のために、『職場を腐らせる人たち』で第1章事例13で取り上げた「パッシブ・アグレッション」の形でこそこそと怒りを発散するわけである。 厄介なことに、被害者意識が強いほど、こうしたふるまいを正当化する。〈例外者〉特有の「もう十分に苦しんできたし、不自由な思いをしてきた」という認識に触れたが、〈例外者〉ほど極端なわけではないにせよ、「自分はずっと割を食ってきた」と思っている人はどこの職場にもいる。この手の人は、「自分はもう十分つらい思いをしたのだから、少々のことをしても許される」「自分は今まで損ばかりしてきたのだから、その分を取り戻すためにこれくらいのことはしてもいいはず」などと自己正当化する。 こうした被害者意識にどこまで根拠があるのか、疑問だ。だが、経済的に苦しい状況で、今よりもさらに落ちぶれるのではないかという喪失不安を抱えていると、割を食っていると感じやすいだろうとは思う。 根底に被害者意識が潜んでいるにせよ、いないにせよ、不満と怒りが強いと、鬱憤晴らしをせずにはいられない。その典型が、『職場を腐らせる人たち』第1章事例6で紹介した八つ当たり屋であり、「置き換え」のメカニズムが働いている。 八つ当たり屋に限らず、事例の多くに鬱憤晴らしの側面があることは否定しがたい。不和の種をまいても、他人の秘密をばらしても、その場にいない人の悪口を言っても、必ずしも自分が得をするわけではない。にもかかわらず、そんなことをするのは、ターゲットが困惑し、ときには心身に不調をきたすのを見ると溜飲が下がるからだろう。だからこそ、「他人の苦しみ」を見るために時間とエネルギーを費やし、さまざまな手口を駆使する。 裏返せば、それだけ不満と怒りを溜め込んでいるともいえる。うがった見方をすれば、他人が少しでも不幸になるのを見ることくらいしか鬱憤晴らしの手段がないのかもしれない。まさに「他人の不幸は蜜の味」という言葉通りで、なかには残酷な快感を覚える人もいる。 つづく「どの会社にもいる「他人を見下し、自己保身に走る」職場を腐らせる人たちの正体」では、「最も多い悩みは職場の人間関係に関するもので、だいたい職場を腐らせる人がらみ」「職場を腐らせる人が一人でもいると、腐ったミカンと同様に職場全体に腐敗が広がっていく」という著者が問題をシャープに語る。
片田 珠美(精神科医)