95歳、入院していた認知症の父が退院、自宅に戻らず老人ホームに入る覚悟を決めた。引っ越しの手伝いに、息子が来てくれた
◆父は孫の運転する車に乗ってご機嫌だった 2023年10月中旬、退院する父を病院に迎えに行くと、父はゆっくりとした足取りで病棟のエレベーターから降りてきた。ハンチングを取って看護師さんや病院のスタッフに一礼し、「お世話になりました」と挨拶をしている。 認知症をチェックする方法の「長谷川式認知症スケール」は、記憶力の評価に重点が置かれた検査で、20点以下は認知症の可能性が高いとされる。退院時に医師から渡された所見には、30点満点の24点と記載されていて、私は奇跡が起きたように思えた。 『オーマイ・ダッド! 父がだんだん壊れていく』とエッセイのタイトルをつけたのは間違いだったのだろうか。最近は、「父はだんだん良い人になっていく」になっている。 病院から老人ホームまでの運転は私の息子がした。助手席に座った父は上機嫌で言う。 「おまえは運転がうまいな」 後部座席に座っている私は、父が暗に私の運転を下手だと言っているのがわかり気分が悪い。おまけに、父に便乗するように息子が言う。 「おじいちゃん、俺はね、母さんもそろそろ運転をやめたほうがいいと思っているんだ」 しかし、さすがに父はそれには同意しなかった。 「俺は、93歳まで運転していた。母さんはまだやめなくてもいいんじゃないか?」 息子は引き下がらない。 「いや、おじいちゃんと母さんは違う。母さんの方がずっと運転が下手だから、そろそろだな」 私は堪えきれずに口を挟んだ。 「おじいちゃんのホームに行くために、私はまだ運転はやめません!」 なぜか父は笑いながら私の息子に言った。 「俺が死んだら、母さんは運転やめるんだと。俺は95歳だ。そんなに長くないから、それまで待ってやれ」 プチバトルをしている間に、車は老人ホームに到着した。
◆父が一人で買い物をする自由を奪いたくない 父がすぐに横になれるように、寝具は前日セットしておいたが、家具類はこれから息子が運ぶことになっている。父は新しくて広い部屋がうれしいらしく、自慢げに息子に聞いた。 「おまえの部屋より広いだろう?」 「東京のほうじゃ、高級分譲型の高齢者施設しか、こんなに広い部屋はないだろうね。おじいちゃん、良い老人ホームが見つかって良かったね」 父は満足げにうなずくと、息子に言った。 「引っ越しのお礼に、焼き肉をご馳走するから行こう」 昼食を終えると息子は父と私をホームに送り、引っ越し荷物を取りに向かった。 ホームのロビーで父の担当者から呼び止められて、「ご入居者様の外出に関して」という書類を渡され、居室に入り父に書類を読み上げた。父の意思を聞いて、私が書類にサインをする必要がある。 ホームから100メートル程のところに、小さなスーパーがある。父が自力で歩ける間は、たまに一人で買い物する自由があってもいいのではないかと思っていた私は父に聞いた。 「近くのスーパー、歩道をまっすぐ西に歩くだけで行けるので、そこまでは一人で外出していいことにしたいのだけれど、パパはどう思う?」 「あぁ、たまにはお菓子を買いに行きたいな。時々アンパンが食べたくなる」 「じゃあ、あのスーパー限定で外出OKの書類を出しておくね」 2日がかりで息子が引っ越しの荷物をすべて運び、Wi-Fiのセッティングも無事に完了し、パソコンも使えるようになった。小型の冷蔵庫は新しく買い、部屋が父の居室らしいレイアウトになったのを見届けて、息子は関東に帰って行った。
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