組織不正は“正しい”? 時代とともに変わる「正しさ」との向き合い方
一度起こしてしまうと、企業経営に大きなダメージを与える「組織不正」。多くの企業が「絶対に起こしてはならないもの」と捉えていますが、立命館大学 経営学部 准教授の中原翔さんは、『組織不正はいつも正しい ソーシャル・アバランチを防ぐには』(光文社)を発刊しました。著書とそのタイトルに込めた中原さんの真意や、見落とされがちな「正しさ」の注意すべき側面、組織が取り組んでいかなければならないポイントについて、話をうかがいました。
個人の正しさの追求が組織不正につながる
――著書のタイトルにもある、組織不正における正しさとはどういったものなのでしょうか。 まず、「組織不正とは何か」からお話ししたいと思います。組織不正とは「法令に照らした場合の不正」、つまり法令で求められる「正しさ」からの(組織的な)逸脱を指します。ここではあくまで、法令に基づいて事後的に「不正である」と判明したものだけが組織不正にあたります。 組織不正が起こる原因について、従来は「従業員個人が不正行為を働いたことに端を発するもの」だと考えられてきました。企業で組織不正が発覚したとき、「この不正を最初に考えたのは誰か」と、個人の行為や言動にさかのぼって追求するケースが多くみられます。しかし近年の組織不正では、誰かが「自分の利益を求めよう」と意図的に考えて行動したわけではない、むしろ個人や組織がある種の「正しさ」を追求した結果、不正が生じるケースがあることがわかってきたのです。 組織不正としてまだ認識されていない段階で、自分たちの掲げる「正しさ」は不正につながる危うさを持っています。そこに目を向けてほしいという思いから、逆説的に「組織不正は正しい」と提唱しています。 ――そもそも、個人や組織の「正しさ」とはどのようなものなのでしょうか。 組織不正が発覚した後に不正を犯した個人の行為にさかのぼったとき、その個人のアクションがどういったものであっても、自分の「正しさ」にのっとった行動であるはずです。その意味で言えば「正しさ」とは、あらゆる行為や言動を指すものです。そして社会全体では、不正(危うさ)に対しては厳しく目を光らせる一方で、その「正しさ」に対してはあまりかえりみられていません。 また、法令から逸脱しないため組織不正には当たらない、つまりは正しかったとしても、その「正しさ」がかえって組織不正を生み出す温床となることがあります。法令要件が明確に定義されていない、あるいは定義されている場合でも実現が難しく、許容度が限りなく狭い場合に、従業員の行為がいつしか組織的な不正となるケースがあるのです。 たとえば人事の方であれば、パワーハラスメント(パワハラ)を考えるとわかりやすいかもしれません。パワハラはその要件を定義づけられてはいるものの、「具体的にどのような行為がパワハラに当たるか」まで明確に示されているわけではありません。組織として高い成果を追い求める環境で、個人が他者に厳しく当たることは、個人や組織の「正しさ」に基づくものだと言えます。しかし、厳しい指導が常態化しているような環境では、パワハラが発生する可能性が高いですよね。さらに従業員が萎縮してしまって正直に報告できず、品質不正や会計不正といった組織不正につながるおそれもあります。 個人や組織の「正しさ」が組織不正につながる事態を防ぐため、時代に合わせてさまざまな法令改正がなされています。ただ、ここでも法令に基づく「正しさ」と個人や組織の「正しさ」はイコールであるとは限りません。とりわけ組織と個人の「正しさ」が絶対視されている場合は、法令との乖離が生じて不正が起きやすくなると言えます。 ――個人と組織の「正しさ」が組織不正につながった事例を教えてください。 たとえば、2016年以降に問題となった自動車メーカーの燃費不正問題です。あるケースでは、メーカーが実際に測定していた実測値と、国土交通省へ届け出ている値が大きくかけ離れていることが判明しました。この大きな要因として、国交省が定めているものとは異なる測定方法を企業が使ったことが挙げられます。 国土交通省の基準では、ゆっくり自動車を走らせる「惰行法」を採用していました。これは海外の基準とは異なる、日本独自の測定方法です。ただこの方法には、「しっかりと測定すればするほど、燃費が正確に測れない」という致命的な問題点がありました。そこでメーカー側は、海外基準の測定方法を取り入れて測定を行いました。燃費をよく見せようとしたのではなく、むしろより正確な燃費を測定しようと考えて行われたのです。しかしこれは法令から逸脱しているため、「燃費不正」と認定されました。 ――組織不正が起こりやすい環境はあるのでしょうか。 前述の通り、「組織不正」とは「法令からの組織的な逸脱」です。製品を製造するときに厳格な法令要件を順守することが求められるメーカーは、組織不正が起こる危険性が高いと言えるでしょう。それは、メーカーが意図的に法令要件を逸脱しようとするというよりも、法令要件が厳格化されている以上、差異が見えやすくなっているということです。さらにメーカーは、顧客に向けて製品を大量に生産・販売するので、その過程で不正が認知されやすい。とくに日本企業は、製品に高い品質を求める傾向があるため、不正が起きやすくなってしまいます。 さらに「組織不正」には、法令要件を満たさないものだけでなく、超えてしまうものも含みます。たとえば、ある自動車メーカーは車の追突事故を想定した後面衝突実験において、不正があったと認定されました。本来法令では、重さ1100キロ±20キロの台車を衝突させるルールを定めていたところ、このメーカーは重さ1800キロの台車を使用しました。このメーカーは、「より厳しい基準で実験しているのだから、品質に問題はない」との姿勢を強調しました。これは認証段階で行われたことから「認証不正」と言われています。 メーカーに限らず、組織不正はあらゆる企業で起こりうるものです。高い売り上げ目標が課されている場合、その目標を何とか達成すべく会計処理をごまかしてしまう不正会計が行われるケースもあります。それらの不正会計は、会社の業態・業種を問いません。