組織不正は“正しい”? 時代とともに変わる「正しさ」との向き合い方
成果主義、ジョブ型に潜む危うさ
――中原さんは、個人による正しさの追求が組織や社会全体に悪影響を及ぼす「ソーシャル・アバランチ(社会的雪崩)」を提唱されています。これはどういったものなのでしょうか。 「ソーシャル・アバランチ」とは、個々人が「正しさ」を追い求めるあまりに、その「正しさ」が積み重なることで、組織や社会全体が沈んでいく現象を指します。ある個人が「自分のやっていることは正しい」と確信して取っている行動が、周囲の人たちに影響を与えることはよくある話です。多くの組織がその「正しさ」を追求してしまうことで、最終的に意図せず社会へ大きな影響を与えるおそれがあるのです。 それは、少しずつ降り積もった雪が原因で、大きな雪崩が起こってしまうのと似ています。しかし、雪崩が起きたときに、誰もその原因を「雪が降ったからだ」とは考えません。雪が降ることはとても自然なことだからです。組織においても同様に、個人の持つ「正しさ」に目を向けられず、かえって危うさを抱えてしまうのです。 とくに個人が利益を追求することが正しいと思って、法令要件や社会的な規範から逸脱してしまった場合に、ソーシャル・アバランチが起こりやすいと言えます。企業倫理論の中では、株主を重視した経営を実践する企業ほど、経営者の不正リスクが高いといわれています。自社をよりよく見せようとした結果ですが、ここでも「株主重視の姿勢が間違っている」とはなかなか思わないと言えます。 ――利益や成果を追求しすぎると、どのような形でリスクが高まっていくのでしょうか。 組織的な「正しさ」であるノルマや成果の達成と、個人としての「正しさ」である業務量や業務時間が適切である状態がイコールにならないことは、企業運営の中でしばしばみられます。ここで組織としての「正しさ」が絶対視されてしまい、ノルマや成果が「業務量や業務時間を超えてやらなければならないもの」や「超えたとしても達成不可能なもの」になったとき、業務量や時間では対応しきれず、不正に走ってしまうのです。 たとえば組織として高い目標を掲げ、「みんなでそれを達成しよう」という機運が社内で高まっているとします。このとき、掲げた目標が誰も達成できないほど高いものであれば、「目標設定自体がおかしい」と言えるかもしれません。しかし、メンバー5人のうち、3人は達成できてしまうような目標であればどうでしょうか。残りの2人にとっては自分のキャパシティを優に超えていても、「目標設定が無謀だ」とは言いづらいですよね。社内的にも、「達成できない2人が悪い」といった空気になりがちです。 また売り上げを重視する一方で、そのプロセスが重視されない場面も多々みられます。たとえば保険業界では、保険の契約件数しか評価の対象にならないので、評価を上げるために家族や友人の名義を借りて契約件数を積み上げるケースがあります。このような環境は、組織不正を誘発しやすい環境と言えるでしょう。 最近注目されているジョブ型雇用にも注意が必要です。ジョブ型を導入すると、「自分のジョブを追求すればいい」という考えから、周囲に対して無関心な人が増えます。すると、誰かの「正しさ」が危うさをはらんでいることに誰も気が付かないまま、法令や規範から逸脱するおそれがあります。 成果主義やジョブ型には、大きなメリットがあるのも事実です。近年の日本ではそのメリットの側面に光が当てられてきました。しかしメリットばかりが語られることで生まれる「正しさ」に、危うさが潜んでいることを把握する必要があるのです。