組織不正は“正しい”? 時代とともに変わる「正しさ」との向き合い方
組織不正の発覚は最悪の事態を防ぐこともある
――組織不正を防ぐことに成功した、企業の事例はありますか。 ありません、というと驚かれるかもしれません(苦笑)。というのも、私は組織不正が明らかになることには良い面もあると考えているからです。たとえば自動車業界で一番起きてはいけないことは、自動車事故です。それは、運転者あるいは歩行者などが亡くなるケースがあるからです。企業が法令を守るのは、それらユーザーの事故を防ぐためです。したがって、製造段階で「法令から逸脱している」と判明したら、その時点で自動車を回収すれば事故には至りません。「組織不正が発覚することは、最悪の事態を防ぐことにつながる」という意味において「組織不正はそこまで悪いものではない」と言えます。その意味でも、「組織不正(が最悪の事態よりも前に見つかること)はいつも正しい」です。 さらに、ガバナンスや制度を整えることで組織不正を防止しようとして、より大きな組織不正につながるリスクもあります。いくらガバナンスを強化しても、それは内部の体制の話なので、外部との乖離に気付けるとは限らないからです。むしろ「体制を整えているから不正は起こらないはずだ」と考えることで、不正が見えづらくなる可能性が高まります。 社内で不正防止に努めるよりも、法令や社会的な規範との乖離を、最初の段階で気づくほうが重要かもしれません。早い段階で乖離に気付ければ、それを修正することはそこまで難しくないはずだからです。一方、乖離に気付かなければ、だんだんと幅が広がっていき、発覚したときのダメージは甚大なものとなります。 早い段階で乖離に気付くために重要なことは以下の三つです。 ――その三つを実行するため、人事にできることはなんでしょうか。 まずは前提として、組織を過信せず、法令要件からの差分の有無を毎年確認していく機関が必要でしょう。 次に、社外との乖離に気づくには、中途採用を積極的に実施して、メンバーがある程度入れ替わる体制を作るのが最も効果的ではないかと思います。プロパー社員だけでは、すでにあるおかしさに気付けなかったり、自分の評価などを気にして口に出せなかったりすることがあるからです。 中途入社の方に対して、入社して数ヵ月くらい経ったところで「うちの会社はどうか」「何か問題点はあるか」などと質問する。それも一人の意見ではあまり影響力を持たないので、複数人の中途入社の方が集まって意見を出し、それを公式に吸い上げられるような仕組みをつくることが効果的だと思います。ある程度意見に重みのある、管理職の役職であればなおいいでしょう。 社外取締役の活用も効果的です。社外取締役をお願いする方は、社内の取締役に対して耳が痛いようなことも言える人物である必要があります。自社の業種に関連するけれどまったく異なる分野の人を登用するのも良いでしょう。たとえば、国交省や経済産業省の課長以上のクラスの経験者をメーカーが登用し、法令対応の面で効果を挙げているケースがあります。同じ製造業の人では、知識は深くても業界の風習が似通ってしまうため、おかしさに気付けないことがあるのです。 そのほか、女性役員の登用も重要です。ロンドン市立大キャスビジネススクール教授のバーバラ・カスは、女性役員の割合が多い企業のほうが、不正行為に対する罰金額や頻度が減るという研究結果を発表しています。 男女を問わず、取締役が一部の性別に偏ると、もう一方の性別はどうしてもマイノリティーに追いやられてしまい、意見が反映されづらくなります。このとき一部の性別が多くを占めた体制での成功体験が過去にあれば、なお危険です。カスは、「取締役会には少なくとも3人の女性役員が必要だ」としています。