希望だけをもたせる技術は提供できない──広がる卵子凍結、その可能性と課題 #卵子凍結のゆくえ
「卵子凍結をいま必要としている人がいる」
専門家の声を聞くと、決して前向きな意見が多いとは言えないのが現在の状況だ。しかしその一方で、いま、卵子凍結を必要としている人がいるのも事実である。社会的適応を望む女性は「仕事のために出産を先送りしたい」ようにイメージされがちだが、実際には、より切実な思いで卵子凍結を選ぶ女性が多いことも明らかになってきている。プリンセスバンクの香川さんは言う。 「キャリアのために出産を先送りしたくて卵子凍結を希望する、ということで当社を訪ねてくる人は実際にはほとんどいません。大部分が、子どもがほしいけれど相手がいない、相手がいても妊娠しない、といった方です。そうした方にとっては、いま、卵子の老化を止められるかどうかはとても重大な問題なのです」 2014年から16年にかけてアメリカとイスラエルで実施された、150人の当事者に対する調査でも、ほとんどが、パートナーがいない、またはパートナーとの関係性の問題から卵子凍結をしたと回答している。キャリアのためという例はとても少なかったという。香川さんは続ける。 「どうしても子どもを授かれない、しかし時間だけが経ってしまう現実を前に焦る方に、ひとまず卵子を凍結し時間を止めることはとても大きな力となりえます。凍結卵子そのものを使わずとも、凍結した卵子が『お守り』のように働いて、気持ちが安定し、凍結した直後にパートナーが見つかったり、自然妊娠したりする人も複数います。相談に来た方が、もっとも望むような選択をする手助けをするのが自分たちの役割だと考えています」
広く語られ、正しい知識が共有されることが何よりも大切
卵子凍結をどう考えるか、立場はさまざまだ。ただ、いま何が重要かについて、取材した専門家が一様に言っていたことがある。それは、現状の技術やメリットやリスクについて、より広く正確に、理解される必要があるということだ。 日本は、他の先進国に比べて妊娠や出産に関する正しい知識が特に欠如していることが、2009年から10年にかけてイギリス・カーディフ大学のジャッキー・ボイバン教授が行った調査によって明らかになった。その後、状況はよくなってはいるものの、依然日本では正しい知識が行き渡っていないことが2015年に東京大学(当時)の前田恵理氏らが発表した研究でも示されている。見解が分かれる卵子凍結については、とりわけ、正確な知識を得たうえで利用を検討することが重要になろう。足立病院院長の澤田守男さん(49)は言う。 「技術が向上すれば、いずれ当院でも社会的適応も認めていけたらという気持ちはあります。そのためにも、卵子凍結にはどのような可能性があり、どのようなリスクがあるのか、その両面を理解してもらうことがとても大切だと感じています」