希望だけをもたせる技術は提供できない──広がる卵子凍結、その可能性と課題 #卵子凍結のゆくえ
同社の導入後、すぐに追随する動きが広がったわけではなかったが、それから5年以上が経過したいま、卵子凍結は急速に広がりを見せている。 今年2月には、卵子凍結サービス(“選択的卵子凍結”サービス「Grace Bank〈グレイスバンク〉」)を提供するグレイスグループが、福利厚生業界大手ベネフィット・ワンと業務提携し、ベネフィット・ワンの会員に同サービスを優待価格で提供することが発表され、注目を集めた。フリマアプリで知られるメルカリも、今年5月から福利厚生に卵子凍結支援制度を試験導入することを発表した。 企業の取り組みが進む一方、希望する女性は増えているのか。卵子凍結に関するコンサルティングから凍結保存サービスまでを提供するプリンセスバンクの代表・香川則子さん(44)は、こう話す。 「卵子凍結のセミナーに参加される方は、アンケートの結果を見ると、これまで高所得層の女性が多かったのですが、ここ1年くらいはより広い層に広がっています。広く知られるようになったことに加え、コロナ禍の影響で働き方が変わって、通院できる条件がそろったり、自分と向き合う時間が増えたりしたことで、『じゃあ、やろうか』と気持ちが固まった人も少なくないように感じます」
「希望だけをもたせる技術は提供できない」
広がりを見せている卵子凍結だが、この状況を懸念する声も少なくない。 京都府で最も分娩数が多く、乳がんなど婦人科疾患の治療も数多く手掛けている足立病院(京都市)の胚培養士長、小濱奈美さんが話す。 「当院では、社会的適応の卵子凍結は行っていません。卵子を凍結したから将来無事に出産できます、と患者さんに伝えられるほど、現状では確実な技術とは言えないからです」 足立病院は、100年以上の歴史を持ち、不妊治療も1996年から行っている。専門の生殖医療センターも設置しているが、卵子凍結は医学的適応に限っているという。小濱さんが続ける。 「私自身、30年以上の経験の中で、がん患者などの凍結卵子からの胚培養(=卵子と精子を授精させて母胎内で育てること)を7回行う機会がありましたが、凍結卵子が無事に育って出産に至ったのはこれまで1回しかありません。凍結卵子を着床させるまでには、融解、授精、子宮への移植というステップをクリアしなければなりませんが、例えば8個の凍結卵子を融解して、すべて生存するケースもあれば、半分しか生存しない場合もあります。また、生存しているように見えても、凍結、融解という過酷な過程で核が傷ついているかもしれず、授精させてみないとわかりません。そうした自分の経験や、よそでの成績を見ても、凍結卵子を出産につなげるのは現状の技術では容易ではないという実感があります」