本質は「人を喜ばせるための笑い」――知られざるお笑い激戦地、沖縄芸人地帯を行く
立っているだけで面白い喜劇の女王
沖縄の笑いの強さ。それを体感するのに最適な場所がある。 那覇市の繁華街に「仲田幸子の店」というスナックがある。こんなストレートな名前が許されるところが「喜劇の女王」と呼ばれる仲田の仲田たるゆえんだろう。 マイクを片手にカウンターに腰かけている、一見、どこにでもいそうな87歳のおばあ。その人こそ生ける伝説、仲田幸子だった。
沖縄はライブ等の前売りチケットがほとんど売れない。芝居や歌を生の舞台で鑑賞するという文化が定着していないせいだ。ただ仲田の芝居だけは毎回、1000枚前後のチケットが瞬く間に完売する。 仲田は15歳のときから70年以上も舞台に立ち続けてきた理由をこう語る。 「沖縄の人に喜んでほしいもの。毎回、楽しみよ。何をやったら、喜んでくれるか。これは緊張とは呼ばないよ」 彼女は「笑わせたい」ではなく、二言目には「喜ばせたい」と語った。 そもそも仲田は「男に惚れられるような女優になりたかった」という。ところが、17歳のとき、ある悲劇の主役を務めたところ、客席から何度も笑いが起きた。 「間違えて笑われたのか、おもしろくて笑われたのか、わからなかった。芝居の後、えらい人に、あんた、上手だけど、突飛に笑わせたりしてたら悲劇にならないよって言われた。喜劇向きだから、喜劇を勉強したほうがいい、って」
仲田の喜劇人としての才能を語るとき、誰もが「(舞台に)出てきただけでお客さんは笑ってるから」と口をそろえる。動き、表情、セリフに、天性のおかしみがあるのだ。だから、あえて笑わせようとしているわけではないのに、お客さんが笑顔になる。 スナックを訪れる馴染みの客たちも仲田が何か楽しいことをしてくれることを期待しているわけではない。手土産を持参し、ただ、仲田とともに過ごす時間を楽しんでいる。 仲田のような人材を生み、また、必要とされ続けているところに沖縄の笑いの世界の豊穣さを実感する。