逆転TKO勝利で「世界挑戦したい」と宣言した21歳WBOアジア王者…その名は森武蔵…井岡&サラスの英才助言
5ラウンドに入ると戦術を変える。距離をとり足を使い、溜田の領域に踏みこまない。サウスポーの利点を生かしノーモーションの左を打ち込み、右を打っては、体を変えサイドに回ってポジショニングを変える“ルーティン”をひたすら守る。溜田の手数も減ってきた。 7ラウンド。この日、一番の左ストレート。踏み込んだ、その一撃が当たった直後の挑戦者の怯みをこの若い王者は見逃さなかった。「ここでいったら終わるかな」 倒しにいく。ラッシュだ。ロープを背負わせ一方的な展開になった。チラチラと、福地レフェリーの様子をうかがいながらパンチを集めたが、仕留めきれずエネルギーが切れかけた終了間際には右フックの反撃ももらった。だが、森は、ここで、またもう一度冷静になる。 「判定を見据えよう。冷静に足を使おう」 思い浮かべたのは、4階級制覇王者、井岡一翔(31、Ambition)の言葉だ。 昨年から何人もの世界王者を育ててきたイスマエル・サラストレーナーの指導を受けるため、米国ラスベガスを訪れるようになってから、そこでトレーニングをしている“サラス門下生”井岡から薫陶を受けた。 「尊敬する人。12ラウンドの戦い方、気持ちのもちようを教えてもらった。勉強になる」 その井岡から試合前にメッセージが届いた。 「組み立てて、自分のボクシングをやって勝て! また俺の試合につなげてくれよ」 昨年も、森が12月8日に2度目の防衛に成功、大晦日に井岡が指名試合をクリアしている。今年も井岡は、大晦日に3階級制覇王者、田中恒成(25、畑中)との大一番が控えている。 単発ではなく「試合を組み立てる」という意識と、負けられないとの思い…。森はリズムとコンビネーションで試合を組み立てながら8、9、10ラウンドと確実にポイントアウトを続け、息を潜めるかのようにフィニッシュのチャンスを待っていたのである。 試合後、囲み取材にやってきた森の左拳には氷嚢が載せられていた。左手のひとさし指と中指の拳あたりが腫れあがっている 「練習で痛めていた。それが4ラウンドくらいにひどくなって」 それでもその左でフィニッシュした。 新型コロナの影響でサラストレーナーが来日できなかった。サラス自身がコロナ感染したとの海外報道もあった。だが、ボクシングを最初に始め、自粛期間中に通っていた熊本のS&Kジムの会長が、サラス式のバンテージを映像で学び拳を保護するように巻いてくれた。 そのサラストレーナーも、日本人の奥さんが訳した長文のアドバイスを前日に送ってくれていた。 「ジャブとワンツーを軸に主導権を握りリングの真ん中で戦え。自分を信じていけば勝てる」 防衛戦の成功の背景には周囲のサポートもあった。 計量後に新型コロナ対策でホテルに隔離された前日が21歳の誕生日だった。祝福のlineやメールなどが殺到したが、一切、開かなかった。熊本からきた家族からの差し入れのうなぎと、松阪牛を空っぽの胃袋に入れてリカバリーしただけ。 「現役でいる限りクリスマスも正月も誕生日もない」 それでもネットは開き試合に関するSNSは見た。「森が中盤以降削られ倒される」と書かれていた。それも閉じコーヒーを飲んだ。1年の空白は、21歳の世界ランカーの心を乱した。